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1995年12月11日 冒頭陳述の要旨(豊田・廣瀬・杉本)

殺人・同未遂
被告人 豊田 亨
同   廣瀬 健一
同   杉本 繁郎

     記
第一 被告人らの身上・経歴等
一 被告人豊田亨について
1 被告人豊田亨(以下、「被告人豊田」という。)は、兵庫県加古川市で出生し、同県高砂市内の私立高校卒業後、昭和六一年四月、●●大学理科一類に進学したが、同年九月ころ、麻原彰晃こと松本智津夫(以下、「松本」という。)の書物に触れて、同人の主宰するオウム神仙の会(以下、「教団」という。なお、教団は、同六二年七月ころオウム神仙の会からオウム真理教と名称を変更し、平成元年八月二九日宗教法人となっている。)に入信した。被告人は、同大学理学部物理学科卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程を修了し、同四年四月、同研究科物理学専攻博士課程に進学したものの、松本から出家を勧められたため、そのころ、出家し、同課程を退学している。
2 被告人豊田は、平成六年五月ころ、松本からヴァジラパーニというホーリーネームを与えられ、その後、ステージ(教団における階層)も菩師長に昇進し、同年六月、教団で省庁制が採用された際、教団が必要とする各種機械、プラント等の製作を担当する科学技術省の次官となった。
3 被告人豊田は独身である。
二 被告人廣瀬健一について
 被告人廣瀬健一(以下、「被告人廣瀬」という。)は、都内新宿区で出生し、都内の私立高校を卒業後、昭和五八年四月、●●●大学理工学部応用物理学科に入学し、同大学卒業後は同大学大学院に進んだが、同六三年三月ころ、教団に入信し、その後、大学院卒業後の就職が内定していたものの、平成元年三月ころ、出家した。
2 被告人廣瀬は、出家後、サンジャヤというホーリーネームを与えられ、教団が省庁制を採用後は、科学技術省次官に就任し、さらに、平成七年一月ころ、菩師長のステージに昇進した。
3 被告人廣瀬は独身である。
三 被告人杉本繁郎について
 従前どおり。

第二 地下鉄サリン殺人等事件について
一 犯行に至る経緯等
1 犯行の動機
 松本は、教団幹部である村井秀夫(以下、「村井」という。)らに指示し、平成六年六月二七日、長野県松本市内で、サリンを霧状に噴出させる方法で住民多数を殺傷させたいわゆる松本サリン事件を起こしたが、同七年一月一日、同日付けの読売新聞に、「山梨県の上九一色村で、昨年七月悪臭騒ぎがあり、臭いの発生源とみられる一帯の土壌等を鑑定した結果、サリンを生成した際の残留物質である有機リン系化合物が検出され、この化合物は、松本サリン事件の際にも、現場から検出されていたことから、警察では、サリン生成に使う薬品の購入ルートを中心に、捜査を急いでいる」旨の記事が掲載されていることを聞知し、同事件が教団により起こされた事件であることの発覚を恐れ、教団施設に対する警察の捜索に備えて、教団がサリンを生成していたという証拠を残さないようにするため、そのころ、村井を介して、同事件後も残存サリンを保管していた教団厚生省幹部である土谷正実(以下、「土谷」という。)に指示し、山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺九二五番地の二所在のクシティガルバ棟と称する教団施設(以下、「クシティガルバ棟」という。)で、残存サリン全部を処分させた。
 その後、松本は、教団CHS(別名「諜報省」ともいう。)大臣である井上嘉浩(以下、「井上」という。)らに指示して、同年二月二八日、目黒公証役場事務長假谷清志を拉致して監禁し、死亡させる事件を起こしたが、同事件は、犯行直後、警察に発覚して警視庁大崎警察署の捜査が始まり、同年三月四日以降各新聞紙上に、「犯人は新興宗教の者である」とか、「右假谷と教団関係者と関係」とか、「容疑者の使用したレンタカーが判明して同車が警察に押収された」などの記事が掲載され、その後、新聞、週刊誌等で同事件に教団が絡んでいるかのような報道が大々的になされ、一部週刊誌には、同年四月上旬にも教団に対する警察の強制捜査が行われる旨の記事が掲載されるに至った。
 かかる状況から、松本は、近く、警察の教団に対する大規模な強制捜査が実施されるという危機感を抱き、警察組織に打撃を与えるとともに、首都中心部を大混乱に陥れるような事件を敢行することにより右強制捜査の実施を事実上不可能にさせようと考え、松本サリン事件でその効果を実験済みであったサリンを警視庁等の所在する霞ヶ関駅を走行する地下鉄列車内で撒き、多数の乗客らを殺害することを決意した。なお、サリンは、人の神経の信号伝達機構を破壊して死に至らせる神経剤であり、その性状は、常温で無色無臭の液体であるが、揮発性があり、その毒性は、無防備の人が一立方メートルあたり一〇〇ミリグラムの濃度のサリンが存在する大気中に一分間さらされるとその半数が死亡すると言われているもので、殺傷力が極めて高い毒物である。
2 松本らの共謀状況等
 松本は、前記のとおり、平成七年一月ころ、当時教団に残っていたサリン全部を土谷らに処分させていたため、本件犯行に使用するサリンを新たに生成させなければならないと考え、同年三月中旬ころ、教団幹部の会合から帰途の車中で、教団厚生省大臣である遠藤誠一(以下、「遠藤」という。)に、新たにサリンを生成することが可能であることを確かめた上、そのころ、村井に対し、本件犯行計画を具体化して実行するよう命じ、また、遠藤に対し、本件犯行計画に使用するサリンを生成するよう命じ、村井及び遠藤は、いずれも松本の右命令を了解した。
3 遠藤らによる本件サリン生成等
(一)サリン生成における中川、土谷の関与等
 村井は、土谷及び教団法皇内庁大臣である中川智正(以下、「中川」という。)らに命じて、平成五年一一月ころから同六年二月ころまでの間、三回にわたり、サリンを生成させたことがあり、前記のとおり、同七年一月ころ、土谷らが残存サリンを処分した際、中間生成物であるメチルホスホン酸ジフロライド(以下「ジフロ」という。)約一・四キログラムが処分されず、中川が隠して保管していることを知っていたので、同年三月一八日ころ、中川に対し、同人が保管しているジフロを遠藤のところに持って行き、それを使って同人と共に早急にサリンを生成するよう指示した。
 遠藤は、中川からジフロを受け取り、その後、土谷からサリン生成方法を教示され、中川と共に、三ツ口フラスコ、オイルバス等のサリン生成に必要な器具を準備してこれを前記上九一色村富士ヶ嶺九二五番地の一所在のジーヴァカ棟と称する教団施設(以下、「ジーヴァカ棟」という。)内の実験室に設置した上、サリン生成に用いる薬品を土谷に用意してもらい、これらをクシティガルバ棟からジーヴァカ棟へ運び込んだ。
 そして、遠藤及び中川は、ドラフトと称する強制排気装置を設置したジーヴァカ棟内の実験室において、土谷の指導の下、同人が本件サリン生成に必要な各物質の数量を計算し、その内容を記載したメモに基づき、三ツロフラスコ内にヘキサン、ジエチルアニリン及びジフロを入れ、反応させる温度を調節するとともに、田下聖児に手伝わせてイソプロピルアルコールをそれに滴下するなどして、同日夜、約三〇パーセントのサリンを含有する六ないし七リットルのサリンの混合液を生成した。同液体は、ヘキサン、ジエチルアニリンを含み、透明な部分と薄茶色の部分の二層に分かれていたが、土谷が遠藤の依頼で分析したところ、いずれの層にも生成されたサリンが含まれていることが確認された。
(二) サリン注入とその引渡等
 村井は、山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺九二五番地の二所在の第七サティアンと称する教団施設(以下、「第七サティアン」という。)において、中川に対し、かねて教団が特注により業者から購入していた横約五〇センチメートル、縦約七〇センチメートルの大きさのナイロン・ポリエチレン袋(以下、「ナイロン袋」という。)をサリンを入れる容器として渡し、中川は、これを受け取ってジーヴァカ棟に運び、遠藤に対し、村井の右指示を伝えた。  遠藤は、同所において、中川と共に、これをサリンの袋詰め用に使うため、約二〇センチメートル四方の大きさに切り取った上、シーラーと称する圧着機を用い、開放している部分を圧着して袋を作り、さらに、一方の角の部分を一部切り取って注入口を開け、そこから給油ポンプを用いて、サリンの混合液約六〇〇グラムずつを入れ、その後、その注入口の部分をシーラーで密封してサリンの入った袋一一袋を作り、さらに、運搬途中で、袋が破損したりして中のサリンが漏出しないようにするため、これらを約二五センチメートル四方の大きさに切り取って作ったナイロン袋に入れて二重袋にした。遠藤は、これらのサリンが入ったナイロン袋一一袋を段ボール箱に入れて第七サティアンヘ持参し、村井に渡した。
 その後、遠藤は、村井の指示を受けて、サリンの袋詰めに使用したものと同じナイロン袋に水を入れたものを五袋くらい作り、これを第七サティアンヘ持って行き、村井に渡した。
4 村井の部屋における犯行の謀議等
 一方、村井は、前記犯行計画を実行する者を、松本の了承を得て教団幹部の中から選定することにし、地下鉄内で実際にサリンを撒く実行者(以下、「実行者」という。)として、科学技術省次官の被告人廣瀬、同被告人豊田、同省次官林泰男、同横山真人(以下、「横山」という。)及び治療省大臣の林郁夫の五名を選定し、実行者の本件犯行を確実ならしめるため、的確な情報の提供、犯行に使用する自動車の調達及び村井からの具体的指示の伝達などを行う、犯行の現場指揮者兼実行補助者として井上を選定した。
 そこで、村井は、平成七年三月一八日早朝ころ、第六サティアン三階の自室において、井上に対し、地下鉄内でサリンを撒くという本件犯行計画を打ち明け、実行者らを支援して右犯行を成功させるよう指示し、また、そのころ、同室において、被告人廣瀬、被告人豊田、林泰男、横山及び林郁夫の五名に対し、警察の強制捜査の目先を変えるために、同月二〇日の朝、東京都内の地下鉄の列車内にサリンを撒くことを指示し、被告人廣瀬らは、いずれもその実行意志を明らかにした。
 その際、村井は、地下鉄の列車内でサリンを撒く具体的方法について、サリンをヨーグルト等の容器に入れ、その蓋を開けてサリンを車内にこぼすというのが松本のアイデアであるなどと述べて、本件犯行が松本の指示によるものであることを示唆したが、その時点では具体的方法までは決まっておらず、被告人廣瀬ら実行者にもさらに良い方法がないか考えるよう指示した。
 その後、被告人廣瀬及び横山は、静岡県富士宮市内の書店及びホームセンター等において、東京都内の地下鉄の路線等が掲載された地図ガイド及びサリンの携帯容器として使えそうな容器等を購入し、第六サティアンに持ち帰った。
 村井、林泰男、被告人広瀬、横山及び井上は、同月一八日午後三時ころ、村井の前記自室に集まり、同室において、被告人廣瀬らが購入した前記地下鉄の路線図、井上が持参した東京都内地下鉄の各駅の状況を詳しく記載した「地下鉄最新ガイドマップ」及び各駅の乗降客数等が記載されている「新東京圏通勤電車事情大研究」を見ながら、サリンを撒く地下鉄の路線及び駅は何処が適当かを検討した。そして、村井は、被告人廣瀬らに対し、「警視庁に近い出口はどこだろう。どうせやるんだったら、警視庁に近い方がいい。」などと言い、警視庁に近い場所にある地下鉄霞ヶ関駅を走行する帝都高速度交通営団日比谷線(以下、「地下鉄日比谷線」という。)、同営団丸ノ内線(以下、「地下鉄丸ノ内線」という。)及び同営団千代田線(以下、「地下鉄千代田線」という。)の三つの路線にサリンを撒くことを指示するとともに、乗客が多いラッシュ時に実行するということで、同月二〇日の午前八時に各路線で一斉にサリンを撒くことを指示した。さらに、村井は、林泰男らに対し、各路線の霞ヶ関駅での警視庁側出入口の位置、方向等を確認させた上、進行する列車の何両目にサリンを撒くのがよいのかも検討させた。
 その際、村井らは、サリンをどのような容器に入れて地下鉄の列車内に持ち込んで撒くかという具体的な方法についても話し合ったが、それは決定するに至らず、同人がサリンを準備するまでの間、更にそれを検討することになった。
 その後、村井は、各実行者を犯行現場まで自動車で送迎するなどの支援をする者(以下、「運転者」という。)として、自治省大臣の新實智光、同省次官の被告人杉本繁郎(以下「被告人杉本」という。)、同北村浩一(以下、「北村」という)、同外崎清隆(以下、「外崎」という。)及び井上が大臣をしているCHS所属の高橋克也(以下、「高橋」という。)の五名を選定した上、実行者と運転者の組み合わせも決め、井上にそれを伝えるとともに、自らもしくは井上らを介して、実行者及び運転者らに東京に行くよう指示した。
 被告人杉本は、同日、上九一色村の教団施設内において、村井の指示を受けた林泰男から自動車の運転の仕事を依頼され、同人と一緒に上京することになった。
5 東京集結と犯行現場の下見等
(一) 杉並アジト集結と犯行準備等
 被告人廣瀬、同豊田、同杉本、林泰男及び横山は、平成七年三月一九日午前九時ころ、普通乗用自動車二台に分乗して第六サティアンを出発し、まず、井上らがアジトとして使用していた東京都杉並区今川●丁目●●番●号●●●●方(以下、「杉並アジト」という。)に立ち寄った。その後、被告人廣瀬らは、同日午後零時過ぎころ、右自動車二台に分乗して新宿に行き、タイ料理店で食事後、新宿区内のデパート等において、犯行時に使用するメガネ、かつら、コート、スラックス、ショルダーバック等を購入するなどして、再び杉並アジトに戻った。
 なお、被告人杉本は、新宿から同アジトに戻る際、自動車の中で被告人廣瀬から地下鉄の中にサリンを撒く計画を実行するため上京したことを知らされ、林泰男から依頼された運転の仕事が被告人廣瀬らが地下鉄にサリンを撒く際、実行者を犯行現場まで自動車で送迎するなどの支援をすることであると知ったが、同計画が松本の意思に基づくものと理解し、右計画に参加することを決意した。
 その後、被告人廣瀬らは、杉並アジトに立ち寄った井上から、同都渋谷区宇田川町●丁目●●番●●●●●●●●●号室(以下、「渋谷アジト」という。)に集合するよう指示を受け、同日午後八時ころ、渋谷アジトに赴き、そのころ、高橋、新實、北村及び外崎と合流し、井上は、杉並アジトで林泰男らと分かれた後、教団の在家信者に電話して、本件犯行に使用する普通乗用自動車三台の借用方を申し込み、その承諾を得た上、同日午後九時ころ、渋谷アジトに到着し、林郁夫は、実行者らがサリンを吸入した場合に備え、その治療薬として硫酸アトロピン、パム等の薬液や注射器等を携帯し、同日午後九時三〇分ころ、渋谷アジトに到着した。
(二) 渋谷アジトでの謀議
 渋谷アジトに集合した被告人廣瀬、同豊田、同杉本、井上、林泰男、横山、林郁夫、新實、北村、外崎及び高橋の一一名は、井上主導の下で、それぞれの実行者が担当する地下鉄の路線を決めるとともに、井上は、被告人廣瀬らに対し、村井が決めた実行者と運転者の組み合わせを伝え、さらに、犯行の実行に当たっての細かい注意事項を指示した。すなわち、地下鉄日比谷線の中目黒方面行の路線は、林泰男と被告人杉本が、地下鉄日比谷線の北千住方面行の路線は、被告人豊田と高橋が、地下鉄丸ノ内線の荻窪方面行の路線は、被告人廣瀬と北村が、地下鉄千代田線の代々木上原方面行の路線は、林郁夫と新實が、地下鉄丸ノ内線の池袋方面行の路線は、横山と外崎が担当すること、サリンを撒く時刻は平成七年三月二〇日午前八時とすること、サリンは降車の直前に車内で撒くこと、乗車駅と降車駅が距離的に離れている場合には、運転者が交通渋滞に巻き込まれ、予定時刻までに待ち合わせ場所に到着できないこともあるので、そのような場合を考慮し、当日は午前六時ころには、渋谷アジトを出発すること、実行者の降車駅は、林泰男が秋葉原駅、被告人豊田が恵比寿駅、被告人廣瀬が御茶ノ水駅、林郁夫が新御茶ノ水駅、横山が四ッ谷駅であること及び何か問題が起こった場合には、井上の携帯電話に架電することなどを確認させた。
 その後、実行者らは、井上の持参した前記「地下鉄最新ガイドマップ」を拡げ、地下鉄霞ヶ関駅構内の日比谷線、丸ノ内線及び千代田線の各ホームの位置等を確認し、それを踏まえてサリンを撒く列車の車両の位置をどこにするかを確かめた。
 しかし、この時点でも、まだ、サリンをどのような容器に入れて地下鉄の列車内に持ち込んで撒くかという具体的な方法は、決まっていなかった。
(三) 犯行現場の下見及び犯行車両の調達
 実行者及び運転者らは、平成七年三月一九日午後一〇時ころ、普通乗用自動車数台に分乗して渋谷アジトを出発し、それぞれが担当する地下鉄の路線の犯行場所である降車駅に行き、実際に地下鉄の列車に乗車するなどして犯行現場の下見をし、また、犯行直後の降車駅付近の待機場所を決めたりした後、渋谷アジトに戻った。
 すなわち、被告人杉本は、普通乗用自動車を運転し、林泰男と共に地下鉄日比谷線秋葉原駅に向かい、同駅付近で林泰男が同車から下車し、降車駅等を確認する間、同車内で待っており、その後、同人と待機場所を確定した。
 被告人豊田は、高橋運転の普通乗用自動車に同乗して出発し、乗車駅の地下鉄日比谷線中目黒駅、降車駅の恵比寿駅を下見し、高橋の待機場所を確定するなどし、その後、実際に列車に乗車し、両駅の間の乗車時間を計測するなどした。
 被告人廣瀬は、新實、北村と共に林郁夫運転の普通乗用自動車で出発し、地下鉄丸ノ内線御茶の水駅付近で同車から下車し、一人で同駅から同線で池袋駅まで行き、同駅で午前七時三〇分ころから同八時ころまでの同線池袋駅発の列車の発車時刻を調べるなどして、ふたたび、同線に乗車し、御茶ノ水駅まで戻り、新實らと合流し、渋谷アジトに戻った。 本件犯行の際に必要な自動車の台数は五台であるが、そのうち三台については、井上が、前記のとおり在家信者から調達できる手はずになっていたため、井上は、残りの二台の調達を新實らと相談し、山梨ナンバーでない自動車がよいとの考えで、出家信者に依頼して、二台の普通乗用自動車を渋谷アジトに運ばせた。
 被告人杉本は、井上の指示を受け、高橋、北村及び外崎と共に同月二〇日午前零時ころ、東京都新宿区内で、在家信者から普通乗用自動車三台を引き取り、これを渋谷アジト付近の地下駐車場等に駐車させた。
6 犯行方法の予行演習とサリンの交付
 実行者らが、渋谷アジトで、犯行当日に着用するズボンの裾上げをするなど犯行準備をしていたところ、平成七年三月二〇日午前一時三〇分ころ、村井から林泰男に電話があり、村井は、林泰男に対し、サリンの用意ができ、それを渡すので第七サティアンまでそれを受け取りに来るように、また、その際、サリンの具体的な撒き方を教示するので、実行者全員が一旦戻ってくるよう指示した。
 林泰男は、直ちに、被告人廣瀬ら実行者四名に対し、村井の右指示を伝えるとともに、被告人杉本、外崎に運転を頼み、普通乗用自動車二台に分乗して渋谷アジトを出発し、中央自動車道を高速で走行し、河口湖インターチェンジで同道路から降り、途中、ガソリンスタンドで給油した後、同日午前三時ころ、第七サティアンに到着し、杉本及び外崎を車内に残し、林泰男ら実行者五名は、第七サティアンの中に入った。
 村井は、遠藤から、前記サリン入りナイロン袋一一袋を受け取った後、被告人廣瀬らより一足先に第七サティアンに戻ってきていた井上に対し、サリン入りナイロン袋を突き破るのに使用するため、先が金属製になっている傘を購入してくるよう指示した。そこで、井上は、同日午前二時三〇分ころ、静岡県富士宮市内の●●●●●●●において、ビニール傘七本を購入して第七サティアンに戻り、それを村井に渡すと、同人は、科学技術省次官の滝澤和義に指示して、傘の先端部の金具部分をグラインダーで削らせて、先を尖らせた。
 村井は、同日午前三時ころ、第七サティアン一階において、井上の立ち合いの下で、戻ってきた被告人廣瀬ら五名の実行者に対し、傘の先でサリン入りナイロン袋を突き破ってサリンを袋内から漏出・気化させる方法を採るが、ナイロン袋が二重袋になっているので、地下鉄の列車内にこれを持ち込む際には、事前に、突き破り易いように外側のナイロン袋を取り除いておくこと、サリン入りナイロン袋を傘の先で突く際には、予めそれを列車内の床に置いておき、外側から傘の先でそれを数回突き刺してサリンがナイロン袋内から漏出し易いようにしてから、すぐに列車内から降りて逃走すること、傘の先に付着したサリンを水で洗い流すこと、傘には指紋が付いているので持ち帰ることなど地下鉄列車内にサリンを撒く具体的方法及びその際の注意事項等を指示した。
 そこに、遠藤が、村井の指示で作った水が入ったナイロン袋五袋を持ってきたので、村井は、林泰男ら実行者に対し、その袋を傘の先で突き刺し、犯行の予行演習をするよう指示した。被告人豊田らは、水が入ったナイロン袋をサリン入りの袋に見立てて、それを先が尖った傘の先で突き刺したが、その際、サリン入りナイロン袋を裸のまま列車内の床に置いて、それを傘で突き刺すと他の乗客に不審がられるので、犯行時はナイロン袋を新聞紙で包んだほうがよいという意見も出たので、水が入ったナイロン袋を新聞紙で包み、これを同様に傘の先で突き刺したが、そのようにしてもナイロン袋を突き破ることに別段支障は生じなかった。
 その後、村井は、本件犯行に使用するサリンの入った袋が一一袋あるので、実行者一名につき二袋ずつだと一袋余ることから、被告人廣瀬らに対し、「袋は全部で一一袋ある。一人だけ三袋になる。誰がやってくれるか」と言い、ナイロン袋三袋のサリンを撒いてくれる者を募ったところ、林泰男が、それを申し出たので、同人がナイロン袋三袋のサリン撒き、他の四人が二袋ずつサリンを撒くことに決まった。そして、被告人廣瀬ら実行者が、村井から、サリン入りナイロン袋一一袋及びビニール傘約五本を受け取り、サリン入りナイロン袋一一袋については、被告人豊田のショルダーバック内にしまった。
 また、村井は、遠藤に指示して持ってこさせたサリン中毒の予防薬であるメスチノン錠剤各一錠を、同人に指示して被告人廣瀬ら実行者に配布させ、その際、遠藤において、被告人廣瀬ら実行者に対し、それを犯行の二時間前に服用するよう指示した。
 最後に、村井は、東京に戻る被告人廣瀬らに対し、河口湖インターチェンジの管理人から上京する実行者を目撃されないようにという松本の指示があったことを伝え、そのため、被告人廣瀬らは、普通乗用自動車二台に分乗して第七サティアンを出発し、同インターチェンジから中央自動車道に入ることをやめ、一般道路をしばらく走行し、途中、●●●●●●●●で、指紋の付着を防ぐため着用する綿の軍手及びドライブ用手袋計五双を購入した上、東京寄りの大月インターチェンジから中央自動車道に入り、同日午前五時過ぎころ、渋谷アジトに戻った。
7 犯行直前の準備
 渋谷アジトに戻った被告人廣瀬らは、被告人豊田が運んできた一一袋のサリンの入ったナイロン袋を、第七サティアンで決まった割合で、それぞれ実行者に分配し、さらに犯行に使用するビニール傘も一本ずつ分け、また、先に遠藤から渡されたサリン中毒の予防薬を服用したほか、林郁夫を除く四名は、それぞれ新宿で購入した衣服に着替えたり、変装したりした。
 林郁夫は、他の実行者らに対し、サリンの被害をこうむった場合に注射するようにと、サリンの治療薬の硫酸アトロピン二アンプル分(二ミリリットル)を吸入した注射器を一本ずつ渡した。
 このように準備をした後、被告人廣瀬ら実行者と運転者は、本件犯行を実行するため、平成七年三月二〇日午前六時前後ころ、それぞれ、サリン入りナイロン袋及びビニール傘等を携帯し、普通乗用自動車に乗って、渋谷アジトを出発した。
二 犯行状況
1 地下鉄日比谷線北千住発中目黒行列車関係
 被告人杉本は、平成七年三月二〇日午前六時ころ、普通乗用自動車に林泰男を同乗させ、地下鉄日比谷線上野駅に向かったが、途中、林泰男から頼まれた被告人杉本が、東京都新宿区内の●●●●●●●●等で、同日付けの読売新聞等の新聞を二部、ミネラルウオーターの入ったペットボトル、手袋、ゴミ袋及びハサミ等を購入し、その後、林泰男は、上野駅に至るまでの間に、停車させた同車内において、紙袋の中からサリンの入ったナイロン袋三袋を取り出し、内袋からサリンが漏れていないものについては、外袋をハサミで切って取り除いた上、サリンの入った袋三袋を重ね、それを読売新聞の新聞紙で包むなどした。
 林泰男は、同日午前七時ころ、地下鉄日比谷線上野駅出入口付近で被告人杉本運転の右自動車から降り、サリン入りナイロン袋三袋を入れた新聞包み及びビニール傘等を携帯して同駅に入り、その後、被告人杉本は、同車を運転し、途中時間潰しをしてから、同日午前七時五〇分ころ、林泰男との待ち合わせ場所である秋葉原駅付近に到着し、同車を停車させて同人を待った。
 林泰男は、北千住駅午前七時四六分発八両編成の中目黒行A七二〇S列車に乗車し、同日午前八時ころ、秋葉原駅に到着するまでの間に、同列車の第三車両の床に、サリン入りナイロン袋三袋を入れた新聞包みを置いた上、それを所携のビニール傘の先で多数回突き刺して、同袋内からサリンを漏出させて同車両内にサリンを撒き、本件犯行を実行した。 林泰男は、本件犯行後、直ちに秋葉原駅で降車し、被告人杉本の待機している右自動車に戻り、同所で、被告人杉本からミネラルウオーターを受け取って、車外でそれをビニール傘の先にかけてサリンを洗い流した上、傘をゴミ袋の中に入れてから同車に乗り込み、被告人杉本と共に、同日午前八時三〇分ころ、渋谷アジトに戻った。
2 地下鉄日比谷線中目黒発東武動物公園行列車関係
 被告人豊田は、同日午前六時三〇分ころ、高橋運転の普通乗用自動車に乗車して地下鉄日比谷線中目黒駅に向かったが、途中、コンビニエンスストアで報知新聞を一部購入した上、住宅街の路上に同車を停車させ、同車後部座席で、ショルダーバック内からサリン入りナイロン袋二袋を取り出し、その外袋をハサミで切って取り除き、内袋を取り出してこれを重ね、それを報知新聞の新聞紙で包んだ。
 被告人豊田は、同日午前七時ころ、地下鉄日比谷線中目黒駅前で高橋運転の右自動車から降り、サリン入りナイロン袋二袋を入れた新聞包み及びビニール傘等を携帯して同駅周辺で時間潰しをし、同日午前七時三〇分ころ、同駅構内に入り、数台の列車をやり過ごした後、マスクを付け、中目黒駅午前七時五九分発八両編成の東武動物公園行B七一一T列車の第一車両に乗車した。
 同列車は、始発駅ながら乗客が座席に座りきれない程混んでいたが、被告人豊田は、第一車両のドア付近の座席に座り、同列車が同駅を発車すると、間もなく、ショルダーバックを自己の足下付近の床に置き、その中からサリン入りナイロン袋二袋を入れた新聞包みを取り出して、これを自己の足下に置いて本件犯行を用意し、同日午前八時一分ころ、同列車が恵比寿駅に入って停車する直前に、これを所携のビニール傘の先で数回突き刺して、同袋内からサリンを漏出させて同車両内にサリンを撒き、本件犯行を実行した。
 被告人豊田は、同駅で同列車から降り、同駅を出て高橋との待ち合わせ場所に行き、同人運転の右自動車に乗り込んで、渋谷アジトに向かったが、途中、被告人豊田が、同車内で、犯行時使用した傘と靴をゴミ袋に入れるなどしたところ、高橋がサリン中毒の症状を呈したため、同車の窓ガラスを開放し、急ぎ渋谷アジトに戻った。
3 地下鉄丸ノ内線池袋発荻窪行列車関係
 被告人廣瀬は、同日午前六時ころ、北村運転の普通乗用自動車に乗車して渋谷アジトを出発し、途中、コンビニエンスストアーで、ミネラルウォーターを購入した後、東日本旅客鉄道株式会社(以下、「JR」という。)四ッ谷駅前で同車を降り、同駅から中央線でJR新宿駅に出てから埼京線に乗り換え、同日午前七時過ぎころ、JR池袋駅に到着し、同駅付近で時間潰しをした後、同駅構内の男性用トイレで、手袋をはめて、ショルダーバック内からサリン入りナイロン袋二袋を取り出し、外側のナイロン袋をカッターナイフで破って取り外し、同駅地下売店で購入したスポーツ新聞の新聞紙でそれを包んでショルダーバック内にしまった。
 被告人廣瀬は、同日午前七時四〇分ころ、地下鉄丸ノ内線池袋駅に入り、同駅午前七時四七分発六両編成の荻窪行A七七七列車の第二車両に乗車し、その後、ショルダーバック内からサリン入りナイロン袋二袋を入れた新聞包みを取りだそうとしたが、付近にいた乗客に不審に思われたと感じたため、同列車が茗荷谷駅または後楽園駅で停車した際に、第二車両から第三車両に乗り移った。
 そして、被告人廣瀬は、混雑している第三車両内で出入口ドアに向かって立ち、ショルダーバック内から新聞紙に包まれた状態のサリン入りナイロン袋を取り出そうとしたところ、そのナイロン袋を包んでいた新聞紙が外れてしまい、そのためショルダーバック内から取り出したのは、裸のナイロン袋二袋であった。
 そこで、被告人廣瀬は、出入口ドアと体の間の隙間を滑らせるようにしてサリン入りナイロン袋二袋を自己の足下に落下させ、それを少しずつ蹴って近くの座席の方向に移動させ、同日午前七時五九分ころ、同列車が御茶ノ水駅に到着し、同列車の出入口ドアが開き始めた瞬間に、床上にあるそのナイロン袋を数回ずつ所携のビニール傘の先で突き刺して、同袋内からサリンを漏出させて車両内にサリンを撒き、本件犯行を実行した。
 被告人廣瀬は、御茶ノ水駅で同列車から降り、北村との待ち合わせ場所に行き、待機していた同人運転の右自動車の後部座席からミネラルウォーターを取り出し、車外でそれを傘の先にかけてサリンを洗い流そうとしたが、その際、舌がこわばり呂律が回らなくなるようなサリン中毒の自覚症状を感じて、あわてて同車に乗り込んだが、右足の大腿部も痙攣を始めたので、林郁夫から事前に受け取っていた硫酸アトロピンを自分で注射した。
 その後、被告人廣瀬は、走行中の右自動車内で、犯行時着用していた手袋、ズボン、靴下などを着替えるなどしたが、サリン中毒の症状が好転しなかったため、北村と東京都中野区野方五丁目三〇番一三号オウム真理教附属医院に行ったが、同医院の医師らが林郁夫から本件の事情を聞いていないようだったので、同医院での治療をあきらめて渋谷アジトに戻った。
4 地下鉄千代田線我孫子発代々木上原行列車関係
 林郁夫は、同日午前六時少し前ころ、新實運転の普通乗用自動車に乗車して出発し、途中、同人に赤旗新聞等を入手してもらい、同車内で、サリン入りのナイロン袋二袋の外袋をカッターナイフで破って取り外した上、赤旗の新聞紙でそれを包んだ。
 林郁夫は、その後、地下鉄千代田線千駄木駅前で、新實運転の右自動車から降りて同駅に入り、同線を使って綾瀬駅や北千住駅へ行って時間潰し等をした後、同駅から、我孫子駅始発で北千住駅午前七時四八分発一〇両編成の代々木上原行A七二五K列車の第一車両に乗車した。そして、同列車が新御茶ノ水駅に近づき、減速を始めた時、サリン入りナイロン袋二袋を入れた新聞包みを自分の足下の床上に落下させて置き、所携のビニール傘の先で、その新聞包みを数回突き刺し、同袋内からサリンを漏出させて同車両内にサリンを撒き、本件犯行を実行したが、穴が開いたナイロン袋は、一袋であった。林郁夫は、犯行後、直ちに同駅で降車した。
5 地下鉄丸ノ内線荻窪発池袋行列車関係
 横山は、同日午前六時ころ、外崎運転の普通乗用自動車に乗って出発し、乗車駅である地下鉄丸ノ内線新宿駅に向かい、途中、同人に日本経済新聞を入手してもらい、同車内で、サリン入りナイロン袋二袋の外袋をハサミで切り取って外し、そのナイロン袋二袋を新聞紙で包んだ。
 横山は、同日午前七時ころ、JR新宿駅西口付近で、外崎運転の右自動車から降り、時間潰しなどをした後、地下鉄丸ノ内線新宿駅に入り、荻窪駅午前七時三九分発六両編成の池袋行B七〇一列車の第五車両に乗車した。そして、同列車が四谷三丁目駅を発車した後、サリン入りナイロン袋二袋が入った新聞包みを自己の足下付近の床上に落下させて置き、同列車が四ッ谷駅に進入するため減速を始めたので、同日午前八時一分ころ、両手で持った所携のビニール傘の先で、その新聞包みを真上から数回突き刺して、同袋内からサリンを漏出させて同車両内にサリンを撒き、本件犯行を実行し、同駅で降車したが、穴が開いたナイロン袋は一袋であった。
三 各列車内及び停車駅におけるサリンの漏出・気化並びに同列車の運行状況等
1 地下鉄日比谷線北千住発中目黒行列車関係
 林泰男によって新聞紙(読売新聞)に包まれたサリン入りナイロン袋三袋が置かれた中目黒行A七二〇S列車は、平成七年三月二〇日午前八時ころ、地下鉄日比谷線秋葉原駅を発車し、同日午前八時二分ころ、小伝馬町駅に到着した。その間、穴の開いたそれらのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第三車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに、サリンが気化して同車両内に広がって刺激臭を発したため、小伝馬町駅到着後、同車両の男性の乗客が、同車両内からサリン入りナイロン袋三袋が入った新聞紙の包みを同駅一番線ホーム上に蹴り出し、それを同ホーム上の支柱付近に寄せたが、同列車が同駅に少し停車している間に、サリン中毒により、同支柱付近の同ホーム上に乗客男女各一名が倒れた。
 漏出して流れ出したサリンが床に付着し、かつ、気化したサリンが第三車両内に漂っている同列車は、同日午前八時三分ころ、小伝馬町駅を発車した後、人形町駅、茅場町駅、八丁堀駅に各停車したが、茅場町駅ではサリン中毒により、男性に掴まりながら全身を痙攣させている女性が第三車両付近のホーム上にいたので、駅員が救急車を要請し、さらに、男性客一名、女性客二名がホームのベンチにうずくまっていたので、駅員らがそれらの者を駅事務室に保護したりした。
 その後、同列車が八丁堀駅を発車してから、間もなく、第三車両内の非常通報ブザーが鳴動したため、同日午前八時一〇分ころ、同列車が築地駅で停車し、出入ロドアを開放したところ、開放と同時に乗客が一斉に一番線ホーム上に飛び出し、サリン中毒により、そのうちホーム上に五名、同車内に三名の乗客が倒れ、さらに体の不調を訴える者が続出した。
 そこで、各救急隊に救急車を要請するとともに、築地駅で同列車の乗客全員を降車させ、同列車の運転を中止した。その後、同日午前八時一四分には、運輸指令所長が、日比谷線全線一斉発車待ちを指示し、同日午前八時四一分には、小伝馬町駅及び築地駅では、旅客及び駅員等全員が駅構内から退去するように運輸指令所長の指令が発せられた。
 この間、三袋のナイロン袋内のサリン全部(混合液で約一、八〇〇ミリリットル)が、第三車両内及び小伝馬町駅一番線ホーム上支柱付近に流れ出るとともに気化し、さらに、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
2 地下鉄日比谷線中目黒発東武動物公園行列車関係
 被告人豊田によって新聞紙(報知新聞)に包まれたサリン入りナイロン袋二袋が置かれた東武動物公園行B七一一T列車は、同日午前八時二分ころ、地下鉄日比谷線恵比寿駅を発車し、広尾駅、六本木駅に各停車したが、その間、穴の開いたそれらのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第一車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに、サリンが気化して同車両内に広がり、恵比寿駅発車直後には、サリンの影響で、咳き込む乗客が出てきた。その後、同列車は、同日午前八時一一分ころ、神谷町駅に到着したが、同駅到着後、サリン中毒により、第一車両内に数名が倒れており、乗客五、六名が同駅のホーム上に座り込んだので、各救急隊に救急車の要請をするとともに、同車両の旅客を他の車両に移動させたが、それでも、次々と体の異常を訴える乗客が多数出た。
 その後、同列車は、神谷町駅を約七分遅れて、同日午前八時一八分ころ、発車し、同日午前八時二〇分ころ、霞ヶ関駅に到着した後、乗客全員を同列車から降車させ、その運転を中止した。
 そのころまでに、二袋のナイロン袋内のサリン全部(混合液で約一、二〇〇ミリリットル)が、第一車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
3 地下鉄丸ノ内線池袋発荻窪行列車関係
 被告人廣瀬によってサリン入りナイロン袋二袋が置かれた荻窪行A七七七列車(折り返し後、池袋行B八七七列車)は、同日午前七時五九分ころ、地下鉄丸ノ内線御茶ノ水駅を出発し、淡路町駅、大手町駅、東京駅、銀座駅、新宿駅等の各駅で停車後、同日午前八時二五分ころ、中野坂上駅に到着し、運転手の引継のため、同駅で約五分間停車した。
 その間、穴の開いたそれらのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第三車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに、サリンが気化して同車両内に広がり、同列車が淡路町駅を発車したころから刺激臭を発するようになった。
 同列車が中野坂上駅に停車した際、同駅駅員が、第三車両内の床に倒れていた男性の乗客一名及び同車両内の座席にぐったりし、口から泡を出すなどして今にも座席から崩れ落ちそうな女性の乗客一名を発見し、各救急隊に救急車を要請するなどして救護措置を取った。
 また、同駅の●●●助役は、同列車の第三車両内の床の上に置かれていた右ナイロン袋二袋を発見し、一つには、中身が入っておらず、他の一つには、サリンの混合液が半分程度入っているのを確認した。そして、右ナイロン袋内からサリンが流れ出ていたことから、これらのナイロン袋を付近にあった新聞紙で包んでこれを同車両内からホーム上に運び出し、次いで、同駅の●●●●助役が、それをビニール袋に入れて同駅事務室に運び込み、その後、中野警察署の警察官にそれを提出した。
 その後、同列車は、同日午前八時三〇分ころ、中野坂上駅を発車し、南阿佐ケ谷駅等を経て、同日午前八時四〇分ころ、荻窪駅に到着し、同駅では、駅員が、第三車両内の床の上に流れ出して床面に付着していたサリンをモップで拭いて同車両内の掃除を行った。
 その後、同列車は、同日午前八時四三分ころ、荻窪駅から折り返し、南阿佐ヶ谷駅を経て、同日午前八時四七分ころ、新高円寺駅に到着したが、同駅では乗客全員を降車させた上、運転を中止した。
 そのころまでに、二袋のナイロン袋内のサリンの一部(混合液で約九〇〇ミリリットル)が、第三車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
4 地下鉄千代田線我孫子発代々木上原行列車関係
 林郁夫によって新聞紙(赤旗新聞)に包まれたサリン入りナイ口ン袋二袋が置かれた代々木上原行A七二五K列車は、同日午前八時四分ころ、地下鉄千代田線新御茶ノ水駅を発車し、大手町駅、二重橋前駅、日比谷駅に各停車した後、同日午前八時一二分ころ、霞ヶ関駅に到着したが、その間、新御茶ノ水駅では、第一車両内の床に置かれたサリン入りナイロン袋が入った新聞紙の包みが、乗降の際に、乗客に踏まれ、穴の開いたナイロン袋内からサリンが同車両の床に流出し、それが気化したため、日比谷駅近くになってから、サリンの影響により咳き込む乗客が出てきた。
 霞ヶ関駅では、異物があるという乗客の通報により、同駅の●●●●助役が、第一車両内から、サリン入りナイロン袋が入った新聞紙の包みを白手袋着用の両手で持って、それをホーム上に運び出して置き、さらに、同人は不要の新聞紙を使って、サリンが流れて付着している同車両の床を拭いた後、同人、●●●●助役、●●●●助役の三名が、それらをビニール袋に入れ、その後、同人らが、それらを同駅事務室に運んだ。
 新聞紙に包まれたサリン入りナイロン袋二袋のうち、一つは、穴が開いておらず、その中には約六一五ミリリットルのサリン混合液がそのままの状態で残っていたが、他の一つは、サリン全部が、ナイロン袋内から漏出して第一車両内の床に流れ出すとともに、気化した。
 その後、同列車は、約二分遅れて、同日午前八時一四分ころ、霞ケ関駅を発車し、同日午前八時一六分ころ、国会議事堂前駅に到着したが、同駅では同列車の乗客全員を降車させて運転を中止し、駅員が、モップを使って第一車両の床を拭いて清掃した。
 その間、一袋のナイロン袋内のサリン全部(混合液で約六〇〇ミリリットル)が、第一車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
5 地下鉄丸ノ内線荻窪発池袋行列車関係
 横山によって新聞紙(日本経済新聞)に包まれたサリン入りナイロン袋二袋が置かれた池袋行B七〇一列車は、同日午前八時二分ころ、地下鉄丸ノ内線四ッ谷駅を発車し、赤坂見附駅、霞ヶ関駅、大手町駅等に各停車し、同日午前八時三〇分、池袋駅に到着した。その間、同列車が四ッ谷駅を発車してから間もなく、穴の開いた一つのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第五車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに気化して同車両内に広がった。
 その後、同列車は、池袋駅で折り返し運転となり、列車番号が「A八〇一」に変更となって、新宿行の列車として、同日午前八時三二分ころ、池袋駅を発車し、同日午前八時四二分ころ、本郷三丁目駅に到着した。本郷三丁目駅の一つ手前の後楽園駅に同列車が到着した際、乗客から同駅駅員に対し、異臭のある不審物をかたずけるようにとの申し出があり、そのため駅員が、隣の本郷三丁目駅に連絡し、同駅において、●●●●助役が、第五車両(折り返し後は、第二車両となった。)内から、箒とちりとりを使って、サリン入りナイロン袋二袋が入った新聞紙の包みを撤去し、その後、駅員が、同車両内のサリンが付着した床面を新聞紙、布切れ及びモップで拭き取った。
 その際、遺留領置したナイロン袋のうち、一袋は、穴が開いておらず、その中には約六三〇ミリリットルのサリンの混合液がそのまま残っており、また、もう一つのナイロン袋の中には、約五〇ミリリットルのサリンの混合液が残留していた。
 同列車は、同日午前八時四四分ころ、本郷三丁目駅を発車し、東京駅、大手町駅を経て、同日午前九時九分、新宿駅に到着し、その後、同列車は、同駅で、折り返し運転となり、列車番号が「B九〇一」に変更となって、池袋行の列車として、同日午前九時一三分ころ、新宿駅を発車し、同日午前九時二七分ころ、国会議事堂前駅に到着した後、同駅で乗客全員を降車させ、運転を中止した。
 その間、一袋のナイロン袋内のサリンの一部(混合液で約五五〇ミリリットル)が、前記車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
四 被害状況
 本件サリン中毒による地下鉄日比谷線、丸ノ内線、千代田線の各線における乗客等の被害状況については、その詳細は、公訴事実記載のとおりであるが、前記地下鉄日比谷線中目黒行列車関係では、死亡者七名、受傷者二、四七五名、同線東武動物公園行列車関係では、死亡者一名、受傷者五三二名、前記地下鉄丸ノ内線荻窪行列車関係では、死亡者一名、受傷者三五八名、同線池袋行列車関係では、受傷者二〇〇名、前記地下鉄千代田線代々木上原行列車関係では、死亡者二名、受傷者二三一名の、合計で死亡者一一名、受傷者三、七九六名という多数の死傷者を生じさせている。なお、本件による死亡者及び重篤者の被害状況については、次のとおりである。

3 地下鉄丸ノ内線池袋発荻窪行列車関係
 被告人廣瀬によってサリン入りナイロン袋二袋が置かれた荻窪行A七七七列車(折り返し後、池袋行B八七七列車)は、同日午前七時五九分ころ、地下鉄丸ノ内線御茶ノ水駅を出発し、淡路町駅、大手町駅、東京駅、銀座駅、新宿駅等の各駅で停車後、同日午前八時二五分ころ、中野坂上駅に到着し、運転手の引継のため、同駅で約五分間停車した。
 その間、穴の開いたそれらのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第三車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに、サリンが気化して同車両内に広がり、同列車が淡路町駅を発車したころから刺激臭を発するようになった。
 同列車が中野坂上駅に停車した際、同駅駅員が、第三車両内の床に倒れていた男性の乗客一名及び同車両内の座席にぐったりし、口から泡を出すなどして今にも座席から崩れ落ちそうな女性の乗客一名を発見し、各救急隊に救急車を要請するなどして救護措置を取った。
 また、同駅の●●●助役は、同列車の第三車両内の床の上に置かれていた右ナイロン袋二袋を発見し、一つには、中身が入っておらず、他の一つには、サリンの混合液が半分程度入っているのを確認した。そして、右ナイロン袋内からサリンが流れ出ていたことから、これらのナイロン袋を付近にあった新聞紙で包んでこれを同車両内からホーム上に運び出し、次いで、同駅の●●●●助役が、それをビニール袋に入れて同駅事務室に運び込み、その後、中野警察署の警察官にそれを提出した。
 その後、同列車は、同日午前八時三〇分ころ、中野坂上駅を発車し、南阿佐ケ谷駅等を経て、同日午前八時四〇分ころ、荻窪駅に到着し、同駅では、駅員が、第三車両内の床の上に流れ出して床面に付着していたサリンをモップで拭いて同車両内の掃除を行った。
 その後、同列車は、同日午前八時四三分ころ、荻窪駅から折り返し、南阿佐ヶ谷駅を経て、同日午前八時四七分ころ、新高円寺駅に到着したが、同駅では乗客全員を降車させた上、運転を中止した。
 そのころまでに、二袋のナイロン袋内のサリンの一部(混合液で約九〇〇ミリリットル)が、第三車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
4 地下鉄千代田線我孫子発代々木上原行列車関係
 林郁夫によって新聞紙(赤旗新聞)に包まれたサリン入りナイ口ン袋二袋が置かれた代々木上原行A七二五K列車は、同日午前八時四分ころ、地下鉄千代田線新御茶ノ水駅を発車し、大手町駅、二重橋前駅、日比谷駅に各停車した後、同日午前八時一二分ころ、霞ヶ関駅に到着したが、その間、新御茶ノ水駅では、第一車両内の床に置かれたサリン入りナイロン袋が入った新聞紙の包みが、乗降の際に、乗客に踏まれ、穴の開いたナイロン袋内からサリンが同車両の床に流出し、それが気化したため、日比谷駅近くになってから、サリンの影響により咳き込む乗客が出てきた。
 霞ヶ関駅では、異物があるという乗客の通報により、同駅の●●●●助役が、第一車両内から、サリン入りナイロン袋が入った新聞紙の包みを白手袋着用の両手で持って、それをホーム上に運び出して置き、さらに、同人は不要の新聞紙を使って、サリンが流れて付着している同車両の床を拭いた後、同人、●●●●助役、●●●●助役の三名が、それらをビニール袋に入れ、その後、同人らが、それらを同駅事務室に運んだ。
 新聞紙に包まれたサリン入りナイロン袋二袋のうち、一つは、穴が開いておらず、その中には約六一五ミリリットルのサリン混合液がそのままの状態で残っていたが、他の一つは、サリン全部が、ナイロン袋内から漏出して第一車両内の床に流れ出すとともに、気化した。
 その後、同列車は、約二分遅れて、同日午前八時一四分ころ、霞ケ関駅を発車し、同日午前八時一六分ころ、国会議事堂前駅に到着したが、同駅では同列車の乗客全員を降車させて運転を中止し、駅員が、モップを使って第一車両の床を拭いて清掃した。
 その間、一袋のナイロン袋内のサリン全部(混合液で約六〇〇ミリリットル)が、第一車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
5 地下鉄丸ノ内線荻窪発池袋行列車関係
 横山によって新聞紙(日本経済新聞)に包まれたサリン入りナイロン袋二袋が置かれた池袋行B七〇一列車は、同日午前八時二分ころ、地下鉄丸ノ内線四ッ谷駅を発車し、赤坂見附駅、霞ヶ関駅、大手町駅等に各停車し、同日午前八時三〇分、池袋駅に到着した。その間、同列車が四ッ谷駅を発車してから間もなく、穴の開いた一つのナイロン袋内からサリンが漏出し、それが第五車両内の床に流れ出して床面に広がるとともに気化して同車両内に広がった。
 その後、同列車は、池袋駅で折り返し運転となり、列車番号が「A八〇一」に変更となって、新宿行の列車として、同日午前八時三二分ころ、池袋駅を発車し、同日午前八時四二分ころ、本郷三丁目駅に到着した。本郷三丁目駅の一つ手前の後楽園駅に同列車が到着した際、乗客から同駅駅員に対し、異臭のある不審物をかたずけるようにとの申し出があり、そのため駅員が、隣の本郷三丁目駅に連絡し、同駅において、●●●●助役が、第五車両(折り返し後は、第二車両となった。)内から、箒とちりとりを使って、サリン入りナイロン袋二袋が入った新聞紙の包みを撤去し、その後、駅員が、同車両内のサリンが付着した床面を新聞紙、布切れ及びモップで拭き取った。
 その際、遺留領置したナイロン袋のうち、一袋は、穴が開いておらず、その中には約六三〇ミリリットルのサリンの混合液がそのまま残っており、また、もう一つのナイロン袋の中には、約五〇ミリリットルのサリンの混合液が残留していた。
 同列車は、同日午前八時四四分ころ、本郷三丁目駅を発車し、東京駅、大手町駅を経て、同日午前九時九分、新宿駅に到着し、その後、同列車は、同駅で、折り返し運転となり、列車番号が「B九〇一」に変更となって、池袋行の列車として、同日午前九時一三分ころ、新宿駅を発車し、同日午前九時二七分ころ、国会議事堂前駅に到着した後、同駅で乗客全員を降車させ、運転を中止した。
 その間、一袋のナイロン袋内のサリンの一部(混合液で約五五〇ミリリットル)が、前記車両内に流れ出るとともに気化し、気化したサリンが前記各停車駅構内にも漂うなどした。
四 被害状況
 本件サリン中毒による地下鉄日比谷線、丸ノ内線、千代田線の各線における乗客等の被害状況については、その詳細は、公訴事実記載のとおりであるが、前記地下鉄日比谷線中目黒行列車関係では、死亡者七名、受傷者二、四七五名、同線東武動物公園行列車関係では、死亡者一名、受傷者五三二名、前記地下鉄丸ノ内線荻窪行列車関係では、死亡者一名、受傷者三五八名、同線池袋行列車関係では、受傷者二〇〇名、前記地下鉄千代田線代々木上原行列車関係では、死亡者二名、受傷者二三一名の、合計で死亡者一一名、受傷者三、七九六名という多数の死傷者を生じさせている。なお、本件による死亡者及び重篤者の被害状況については、次のとおりである。





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