「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価
Anthony T.Tu(コロラド州立大学教授/生化学) |
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重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要 重要度は三浦の独断 |
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概要 ■神経ガスは、検出物から特定できる 通常ある化合物を合成するにはいろいろな方法がある。 ただし製法によって 前駆体(物質を合成するとき、その物質より前の段階にある物質)や 中間体(原料物質から最終物質に到るまでの各段階ごとの生成物。中間生成物ともいう) が異なっている したがって、それらの物質が検出されれば、その化合物がどの製法でつくられたかを推測することができる。 イラン・イラク戦争の際にイラクが使ったタブンの例がある。 国連は三つの方法で、イラクが間違いなくタブンを使ったと判定した。 主成分であるタブンのほかに、中間体(あるいは前駆体)あるいは副生成物と考えられる二つの物質が検出された。 タブンの合成法はいろいろあるが、ある製法と照合すれば、イラクのタブンがこの方法によって合成されたことがわかる。 ■東京地下鉄事件でのサリンの特定 著者のもとには、日本から国際電話で、 「地下鉄で回収したサリンのなかからメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されたが、その意味するところを教えてほしい」 という質問があった。 サリンの合成法はいろいろあるが、質量分析によって中間体を見つければ、それからどの合成法でつくられたかを推測できる。 著者は、次にあげる条件から製法を特定できた。 (1)現場のサリンにメチルホスホン酸ジイソプロピルが混じっているのが分析で検出されている。 一つのサリン合成法では、メチルホスホン酸ジフルオリドと同当量のイソプロピルアルコールが反応してサリンが生成する。その際、2当量のイソプロピルアルコールが反応する反応式も考えられる。この反応が起こったとすれば、メチルホスホン酸ジイソプロピルはサリンと一緒にできた副生成物ということになる。 一方、別の製法を採用した場合、この化合物は副生成物ではなく中間体であり、そんなに多量には検出されないはずである。 (2)製法は「早川ノート」に書かれた製法と一致する。 (3)上九一色村の土壌からサリンの分解物であるメチルホスホン酸とメチルホスホン酸ジイソプロピルが発見されている。 なお、これらの情報源は、新聞や雑誌の情報、および「早川ノート」の情報である。 ■土壌や水からサリンの分解物を検出 この分析方法を最初に確立したのは、イギリス・ポートンダウンにある化学戦防衛研究所である。 1988年イラク政府がクルド人攻撃のときにサリンを使ったという場所から、1992年に土壌のサンプルを採取し、質量分析によってサリンの分解物を検出し、サリンの使用を実証した。 検出したのは、メチルホスホン酸イソプロピルとメチルホスホン酸である。 ■被害者の血液や尿から検出される物質 サリンは体内のアセチルコリンエステラーゼ(AChE。注1)と結合し、血液中のAChEの濃度を低下させる。 しかし、AChEの濃度を測定しただけでは、どんな神経ガスや有機リン殺虫剤を使ったかわからない。 そこで、被害者の尿や血液から、これらの物質の分解物を検出することによって、中毒の原因物質を判定する方法がとられる。 AChEとサリンの複合体は、水とゆっくり反応して少しずつ分解されるので、メチルホスホン酸イソプロピルが検出される。 水と反応して、もっと長い時間がたてばイソプロピルアルコールも検出される。 神経ガスの中毒にこれらの方法があまり使われていないのは、検出方法がまだ確立されていないためと思われる。 アセチルコリンエステラーゼ(AChE。注1):アセチルコリンを加水分解する酵素。 呼吸をする肺の筋肉は、脳から神経を通して命令がくることで動く。 まず、アセチルコリンという物質が、神経から筋肉に「縮め」という命令を伝える。この情報が伝わると、筋肉がぎゅっと縮んで、肺がきゅっと小さくなる。次に、アセチルコリンエステラーゼという物質が「縮め」という情報を捨てる。「縮め」という情報がこなくなると、筋肉がゆるんで肺が広がる。この繰り返しで、息ができるわけである。 もし、サリンが体内に入るとアセチルコリンエステラーゼと結びついて、アセチルコリンエステラーゼが働かなくなってしまう。そうすると、アセチルコリンからの「縮め」の情報しかこないため、筋肉が縮みっぱなしになってしまう。そのため、肺は広がることができなくなり、息ができなくなってしまう。サリンというのは、呼吸のしくみをあっというまにこわしてしまうという点で、おそろしい毒ガスなのである。 |
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「どうやってサリンと特定したの」 「メチルホスホン酸ジイソプロピルが検出された、というけれど、それはどういうことなの」 というきわめて初歩的な疑問に答えてくれる、格好のわかりやすい論文である。 これを読んで、サリンが生成され、メチルホスホン酸ジイソプロピルが発生するのだなあ、とはじめて納得した覚えがある。 物質の量をちゃんとはかって、反応をおこなっても、サリンとメチルホスホン酸ジイソプロピルができる、ということを、その後知った。どうも反応は単純ではなさそうだ。 さらに、タブンの製法を二種類、サリンの合成法を二つ、流れ図だが、載せているのはありがたい。サリンの製法は、検察側冒陳の記載とは、反応させる物質が違っていて、なかなか興味深い。 もう一つ。 サリンが体内に入ったばあい、メチルホスホン酸イソプロピルやイソプロピルアルコールが検出される、という記載は重要である。 日本医科大学衛生学公衆衛生学教室の南正康教授が、地下鉄での被害者の尿からエチルアルコールを検出していることもあり、今後さらにくわしく検討していくための基礎知識として役にたつ。 |