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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


Masayasu Minami南正康, Da-Mei Hui恵答美, Zhiyu Wang王志玉, Masao Katsumata勝又聖夫, Hirofumi Inagaki稲垣弘文, Qing Li李卿, Genfa Cao, Shou Inuzuka犬塚祥, Kunihiro Mashiko益子邦洋, Yasuhiro Yamamoto山本保博, Toshifumi Otsuka大塚敏文(以上日本医科大学)、Camille A. Boulet、 John G. Clement(以上カナダ防衛研究所)
東京サリン事件の戦時に使用されるガスによる中毒患者の臨床観察
:Clinical observation of the patient intoxicated with contaminated warfare gases in Tokyo sarin disaster.
第14回国際法科学会集会報告集1996年8月(Shunderson Communications,Canada1997年)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断
3+
+がついているのは、非常に重要なので3にさらに+という意味

概要


○重要部分の対訳

More than 20,000 passengers of Tokyo underground trains were intoxicated with warfare toxic chemicals.
東京地下鉄路線の20,000人以上の乗客が、戦時に使用される有毒化学物質に中毒した。

Most of the patients examined had marked miosis and decreased serum cholinesterase activity.
診察を受けた大部分の患者は、縮瞳をおこし、血清コリンエステラーゼ活性値を低下させていた。

Transient increase of serum CK activity after 3 days of the exposure was the another sign.
被爆して三日たったあとの血清コリンエステラーゼ活性値の一時的な増加が、もう一つの兆候としてあった。

We intensively analyzed the metabolites in the urine of 3 patients.
3人の患者の尿をとり、集中的に代謝物質を分析した。

The following analytic results indicated the exposure to sarin as well as contaminated compounds such as diisopropyl methyiphosphonate (DIMP), ethyl methyiphosphonate fluoridate (EMPF, or ethyl sarin), diethyl methyiphosphonate (DEMP), and ethyl isopropyl methyiphosphonate (EIMP).
分析結果はサリンのほか、メチルホスホン酸ジイソプロピル(DIMP)、エチル・メチルホスホネート・フルオリデート(EMPF、またの名はエチルサリン)、ジエチル・メチルホスホネート(DEMP)、エチルイソプロピル・メチルホスホネート(EIMP)に被爆していることを示していた。

(1) Isopropanol (IPA) and ethanol (EtOH) were detected of large quantities in the urine samples, and were thought to be derived from sarin and the sarin counterpart, EMPF, respectively.
(1) イソプロパノール(IPA)とエタノール(EtOH)は、尿サンプルのなかから大量に検出された。それぞれサリンやサリンとよく似た物質(EMPF)に由来すると思われた。

(2) Monoalkyl methylphosphonic acids (isopropyl methyiphosphonic acid (IMPA) and ethyl methylphosphonic acid (EMPA)) also were excreted in large amounts with taking the similar excretion pattern of IPA and EtOH.
(2) メチルホスホン酸モノアルキル(メチルホスホン酸イソプロピルIMPAとメチルホスホン酸エチルEMPA)も、IPAやEtOHと類似したパターンで大量に排出された。

(3) The metabolite only derived from sarin and EMPF is F- ions whose integral output in the urine was less than the equimolar level of the excreted (IMPA+ EMPA+IPA+EtOH).
(3) サリンやEMPFに由来する代謝物質としてはフッ素イオンが必ず出てくる。ところが、尿の中のフッ素は、IMPA、 EMPA、IPA、EtOHの排出レベルより少なかった。

(4) Other corroborative findings were low lethality:
(4) ほかに確証ある結論は、致命率が低かったことである。


Fig.7. Metabolism of sarin and related compounds
図7 サリンとその関連物質の代謝経路

注目点 (三浦執筆)


これは、地下鉄サリン事件の現場に、サリンとは違う神経ガスがあったことを示す貴重な論文である。

患者の尿から、イソプロピルアルコール(イソプロパノール)、エチルアルコール(エタノール)、メチルホスホン酸イソプロピル、メチルホスホン酸エチルが大量に、そしてそれより少なめのフッ素イオンが検出された。

このうちイソプロピルアルコール(イソプロパノール)、メチルホスホン酸イソプロピルとフッ素イオンはサリンからのものである。

では残りはどこから来たものであろうか。
南正康らは、
サリンとは異なるEMPFという神経ガスや、その副生成物にも被爆した、と結論づけた。(注1)

警察の発表では、エタノールやメチルホスホン酸エチルがなぜ検出されたかを説明することができない。
サリンの合成工程で、エタノールは使用されない。
サリンの加水分解でもエタノールは生成されない。
またエタノールはサリンと反応してしまうので、溶剤としても使えない。
つまり、エタノールはサリンといっさい関係がない。
大事なことは、地下鉄サリン事件の現場には、
サリンと、その関連物質とともに、
サリンとは違う神経ガス、とその関連物質があった、ことが、専門家によって証明されたことである。

興味深いことに、この研究には、カナダ防衛研究所のメンバーが加わっている。

注1:
サリンの最終合成工程、
つまりメチルホスホン酸ジフルオリドとイソプロピルアルコールを反応すると、サリンないしメチルホスホン酸ジイソプロピルが合成される、工程で、もしイソプロピルアルコールの代わりにエチルアルコールを入れれば、メチルホスホン酸ジイソプロピルDIMPではなく、メチルホスホン酸ジエチルDEMPが生成される。
また、もしイソプロピルアルコールの代わりにイソプロピルアルコールとエチルアルコールを混ぜて入れれば、メチルホスホン酸エチルイソプロピルEIMPが生成される。
このEIMPは強い毒性を示す。
患者の尿から、エチルアルコール(エタノール)、メチルホスホン酸エチルが大量に、そしてそれより少なめのフッ素イオンが検出されたことから、
エチル・メチルホスホネート・フルオリデート(EMPF、またの名はエチルサリン)、
CH3P(O)FOCH2CH3
ジエチル・メチルホスホネート(DEMP)CH3P(O)(OCH2CH3)2
エチルイソプロピル・メチルホスホネート(EIMP)CH3P(O)OCH2CH3OCH(CH3)2
に被爆しているとしたのである。




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