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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


C・モナール、J・クィンション(フランス・ブシェ研究センター)
「メチルフルオロホスホネートイソプロピル(サリン)の生成と物理特性  純粋標準生成物の二つの純粋標準標本の生成と物理特性」
フランス化学社会報告書1961年1084-1086頁(フランス化学会)(フランス語文献)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断

以下、対訳および私の注釈で論文の内容を紹介


Esterification par l'alcool isopropylique
イソプロピルアルコールによるエステル化
(三浦注:小見出しである)

Dans un ballone tubule muni d'un thermometre et surmonte d'un refrigerant ascendant en relation avec une collone dessechante a chlorire de calciumon introduit:
温度上昇冷却装置の上に置かれた温度計付き丸底フラスコの中で、塩化カルシウム乾燥管(注1)に以下の物質を反応させる。

(注1)塩化カルシウムは、水分除去つまり乾燥剤として使われる。

130.5g de CH3POCl2 pur (0.98mol/g)
et 102.0g de CH3POF2 pur (1.02mol/g).
純粋CH3POCl2を130.グラム(0.98モル)
純粋CH3POF2を102.0 グラム(1.02モル)。
(三浦注:この論文では溶剤のことには触れていないので、溶剤は使っていないようだ)

On refroidit le ballone dans l'eau glacee et on ajoute goute,en agitant,125 g d'alcool isopropylique pur et sec (2.08mol/g) en reglant le debit pour que la temperature de la masse reactionnelle se maintienne entre 6 et 8 .
氷の中でこのフラスコを冷却し、12グラムの純粋乾燥イソプロピルアルコール(2.08モル)を一滴ずつ、かき混ぜながら加えていく。その時、反応物の温度が6度から8度に保たれるように、加える量は一定にする。
(三浦注:反応式ではイソプロピルアルコールは2モルなので、
CH3POCl2の0.98モルに対しては1.96モル、
CH3POF2の1.02モルに対しては2.04モル、となるはずだが、
論文では2.08モルとなっている)

L'addition dure 1 h 1/2;lorsqu'elle est achevee on poursuit la refrigeration encore 15 mn puis on abandonne 30 mn a la temperature ambiante.
滴下は1時間半つづく。終了後15分間冷却し、その後、空気中で30分間そのままにしておく。

Enfine pour terminer la reaction on chauffe progressivement au bain-marie en adaptant une rentree,d'air sec et en creant, dans l'appareil,une depression de 600 mm d'eau.
最後に反応を終了させるため、水浴温度を徐々に上げていき、乾燥空気によって還流(注2)をおこさせ、器具の中を水圧600ミリメートルに減圧するように調節する。

(注2)還流とは、蒸留のときの加熱によって生じた蒸気を凝縮させて、もとの液状にする、ことをいう。

On porte ainsi le melange a 40-50°pendant 1/2 h.
このようにして40〜50度の反応を30分続ける。

Il faut ensuit proceder au deganze rapide du produit qui contient de l'acide chlorhydrique en dissolution.
反応(溶解)の過程で、生成物は塩酸を含んでしまうので、それをすぐに除去しなければならない。

Pour cela apres avoir regle la temperature de la masse a 30°,on fait le vide.
そのためには、物質温度が30度であることを確認した後、真空をつくる。

On abaisse progressivement la pression de facon a l'amener au voisinage de 50 mm de mercure.
圧力を徐々に下げていき、水銀柱50ミリメートル近くにもっていく。
(三浦注:1気圧は水銀柱760ミリメートルなので、かなり減圧することになる)

On maintient un tel vide durant 3/4 d'heure et finalement 15 mn pendant 1/4 d'heure.
45分間その真空を維持し、最終的には15分で水銀柱15ミリメートルとなる。
(三浦注:原文では15mnとなっているが、水銀柱15mmと解釈した)

Il reste,apres ce traitment,277 g d'un liquide mobile legerement blond.
この反応後、白っぽい流動液が 277グラム得られる。
(三浦注:blondはブロンドの髪というように、ふつうは金色と解釈されているが、淡色や淡い黄色という意味もあるという)

La rectification de ce produit brut donne:
この粗生成物の蒸留により次のものが得られる。

1°6 g de tetes d'environ 25 a 41°sous 17 mm;
1、約25〜41度、水銀柱17ミリメートルで、初留部分(注3)が6グラム
(三浦注:これが何かは、はっきりしない)

(注3)初留とは、蒸留のさい分留塔の一番上に集まる成分。沸点が低いものが一番上に集まる。

2°207 g de coeurs de 46 a 55°sous 16 mm avec parier a 51-52°(soit un rendement de 73.9% de la theorie en sarin distille);
46〜55度、水銀柱16ミリメートルで、中心部分207グラム。温度の水平部分は51〜52度(サリン蒸留理論によれば、73.9%の収率).
(三浦注:これがサリンである。前にさっぱりわからない、と書いたJCSの論文の49.5°/11mmは、49.5度、水銀柱11ミリメートルと見当をつけることができた。ただJCSではあとに続く数字85%を収率と解釈したが、この論文では収率は73.9%となっている。かなり数字に違いがある)

3°49 g d'un residu huileux blond clair.
3、明白色の油性残留物が49グラム。
(三浦注:これが何かは、はっきりしない)

【引用】
・Monard,Quinchon論文「フランス化学社会報告書」1961年1084-1086頁


今回紹介した、第五工程の概要を、私なりにまとめておく。

CH3P(O)Cl2+CH3P(O)F2+2(CH32CHOH
→2CH3P(O)FOCH(CH32+2HCl

メチルホスホン酸ジクロリド130.5g(0.98モル)と
メチルホスホンジフルオリド102.0g(1.02モル)に
イソプロピルアルコール125g(2.08モル)を一滴ずつ加えて、反応させる。
蒸留するとサリン207gを得ることができる。
収率は73.9%。


注目点 (三浦執筆)


サリンの製法をいろいろ探っていたときのことである。
国会図書館で、有機リン化合物辞典を見つけることができた。
しめたと思って、サリン合成が書かれている文献をたどっていき、この論文を読むに至った。

論文はフランス語で書かれている。
フランス語訳は知人の協力により可能となったもので、感謝する次第。

さて、論文名は
「メチルフルオロホスホネート・イソプロピルの生成と物理特性 ・純粋標準生成物の二つの標本における生成と物理特性」。
メチルフルオロホスホネート・イソプロピルがサリンのことである。
著者のモナールとクィンションはブシェ研究センターに属している。ブシェ研究センターは、フランス・パリ盆地のセーヌ・エ・オアズ県にある。

論文は、二種類のサリン合成法を記載している。
一つは、史上初めてサリンを合成したドイツ人・シュレーダーの方法。
シュレーダーが発見したメチルホスホン酸ジフルオリドの合成法は、メチルホスホン酸ジクロリドとフッ化水素を合成する方法だった。 古典的なサリンの五段階合成反応式である。

シュレーダーの方法は、古い本や論文にしか出ていないようで、国会図書館でも見当たらなかったので、偶然発見して助かった。

もう一つが、今回紹介した方法で、メチルホスホン酸ジクロリドとフッ化ナトリウムを合成する方法である。

この方法では、第四工程のメチルホスホン酸ジフルオリド合成において、溶媒を使わない方法を採用している。

なお、第四工程の合成法は、具体的には次のとおり。
メチルホスホン酸ジクロリドに、フッ化ナトリウムを2回に分けて加える。合成された粗化合物メチルホスホン酸ジフルオリドに、さらにフッ化ナトリウムを加えて、純粋なメチルホスホン酸ジフルオリドを合成する。

第五工程については、今回紹介した部分が該当する。

この論文に書かれているのは、
触媒を使わないことと、反応してできた残留する塩化ナトリウムを完全に取り除くために、二度フッ化ナトリウムを反応させる、というのがみそであろう。

この論文は、検察側冒頭陳述に描かれたオウムが作ったという「試作」と「松本サリン事件」で採用された方法と比較すると、ジクロとフッ化ナトリウムを反応させている点、触媒を使わないこと、蒸留して精製するところが一致している。




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