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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


高井三郎(元陸上自衛隊教官)
「オウムの軍事知識と自衛隊」
軍事研究1995年7月号(ジャパン・ミリタリー・レビュー)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断

概要


■次元の低い軍事認識と知識の水準を証明―オウム集団

化学剤、突撃銃、戦車、ヘリ、潜水艦などの兵器と、元自衛官などの操作要員を入手すれば軍隊が簡単にできあがるという考え方は、現代軍事の本質をわきまえていない。
たしかにオウムには法学、経済学、理工学などの学位レベルの教養を収めた幹部が多数存在するが、戦後日本の教育界の趨勢から、いずれも大学では軍事の素養を積む機会はなかったものと容易に想像できる。
軍事は、一般社会人の常識と能力で解決できる部分も多分にあるが、部隊を編成して軍隊を適切に管理し、戦時に作戦計画を立て、合理的に部隊を運用して早く確実に勝利を収めるには、専門知識を身につけた軍事素養に富む指揮官、幕僚、教官などの幹部要員が不可欠である。
それ故に、現代の各国軍では、専門家である軍人を体系的に育成するために士官学校、歩兵・砲兵・機甲などの兵科学校(自衛隊の職種学校や富士学校)、指揮幕僚大学、陸軍大学などを設けている。

オウムの中枢は、採用すべき元自衛官の人選はもとより、本人の適性に即した使い方もわきまえていなかった。


■首都圏の拠点配備の意味―外線作戦の態勢か?

山手線環外の各所に配置されたオウムの拠点配置は、近代西欧の軍事理論によれば、正に外線作戦(exterior line of operations)の態勢にほかならない。
これに対し、政経中枢に近い警察と市ヶ谷の自衛隊からなる防御側は、内戦作戦(interior line of operations)の態勢にある。
外線側が各方面から一斉に中心の目標を目指して求心的に前進(分進合撃)すれば、内戦側は各方面の敵を同時に迎え撃たなければならず、時が経つにしたがい、じり貧状態に陥る。

一部のマスコミは、筆者の軍事原則の説明を聞いて、オウム側に高度の軍事素養を身につけた要員がいるのでは、という問いを投げかけてきた。
これに対し筆者は、戦術の策案(アイディア)は商人や営業マンの手筋と同じように、常識を働かせて、真剣に考え抜けば、軍事の専門家でなくても軍事原則にかなう結論を見出すことはできる、と回答した。
おそらく拠点を設けた関係者は、不動産の取得、利用の可能性などの現実的な問題も当然のことながら、先に述べた諸要因を素人なりに真剣に検討したように思われる。この点で、有能な社会人の幹部がいるものと容易に判断することができた。

■毒ガスの脅威と皇室、政経中枢の安全確保の問題

オウムは、機関誌「ヴァジラヤーナ・サッチャ」6号で、天皇、皇族、政界の要人を誹謗し、テロ攻撃を計画しているような記事を載せた。
このため女性向けの雑誌からも、皇居などの安全確保についての質問が寄せられた。
皇居の西と南を取り巻く内堀通り、半蔵濠、桜田濠、石垣東の築堤それに樹林に隔てられた宮殿は、無人機などによるガス散布に対して比較的安全である。
皇居の東正面は広場と宮内庁などに通ずる道路があり、開かれた状態で、さらに来訪者、納品業者などの車両の出入りも多く、相対的に危険度が高い。
6月ころまでの首都圏界隈の最多風は西ないし西北だが、気温などの影響で、局地風が南ないし東から宮殿に向かう場合もあり、ガスの流れに注意しなければならない。
赤坂御用地は、青山通りと外苑東通り沿い、南元町、元赤坂の各ビルの上層部や屋上から、東宮御所が見下ろされ、皇居より警備上不利な条件にある。
とくに西、南各正面のビルから操作する無人機による毒ガス散布と四周のビルからの狙撃に注意しなければならない。


■政経中枢への空からの毒ガス攻撃―ヘリ使用の決め手の一つ

おおむね紀尾井町〜桜田門〜神谷町〜乃木坂を結ぶ2km平方程度の市街地にいる人畜の半数以上を死亡させるには1.2トンの純度の高い神経剤を広く散布すれば足りる。
同じく1.8トンあれば霞ヶ関一帯はもとより、赤坂御用地、四ツ谷、信濃町、北青山界隈に加えて皇居の宮殿と宮内庁も攻撃することができる。 毒ガスでは戸締りも鍵も役に立たず、エアコンダクタが施設の隅々まで役割をはたす。

国連BC兵器白書によれば、サリンの汚染を受けた地域は、雨の日でも25分から1時間、晴天で風の弱い温暖な日には最大4時間、防護のない人畜に危険な状態が持続する。
ソマンや粘着性があるVXは、雨天でも3〜12時間、晴天では3〜21日も持久する。
3月20日の事件のように、工作員により、地下鉄に神経ガスを置き、群衆を地上に追い上げながら空中散布すれば事態はいっそう厳しくなるに違いない。

日常生活や事務所で着る被服には神経剤を防ぐ機能はほとんどなく、自衛隊のグリーンの戦闘服でも、汚染から4秒以内に浸透する。自衛隊の防水加工した作業被服でも40分である。
ただし雨衣などで胴体だけ浸透を防げるとしても、顔、手、足が無防備の状態では死傷の可能性を避けられない。


■生物剤の首都圏への散布は心配無用 水源、農牧地、食料源の対策は必要

ボツリヌス菌や炭疽菌(アンスラックス)は、広い地域にいる多数の人畜に対して、同時に確実に仕掛ける方法が極めて難しく、散布の兆候の探知、ワクチン、血清などによる予防と早めの治療も可能である。
人体に仕掛けてから1〜5日後に初めて効き目が出るようでは、即時に加害と脅威の破砕を追求する作戦戦闘には役立たない。
しかし、農牧地、水源、食料の汚染により、相手側の人的戦力を次第に消耗させてゆく持久戦略には適している。


■オウム幹部の低調な軍事識能が問われる軍備政策

米国製野外機動車とロシア製ヘリの購入、毒ガスと小火器の製造、生物剤の培養、爆薬の備蓄、中性子爆弾やレーザー技術の研究、ロシアへの射撃訓練旅行、戦車・潜水艦の取得計画、現役・退役自衛官の獲得など、オウムの一連の動きは、何らかの目的を遂げるための軍隊つくりのための兆候のような印象を与える。
しかしながら、どのような戦略目的に適う軍隊を期待しているのか明らかでない。
どうも現代軍事の世界における注目的な存在のハイテク兵器と、自衛官などの操作要員を集めれば、戦力発揮のできる軍隊が明日にでもできる、と軽く考えているようである。
したがって連続的に疑問が沸きおこる上に、明瞭に不備な施設が目立つ。

たとえばミル17を、どのような目的でロシアから購入したのか。
またAK-47突撃銃の部品の製造による無可動銃の実用銃への改造作業もまた不可解である。
むしろトカレフ拳銃のように製品、部品、弾薬を船荷などに抱き込んで大量に密輸入して各所に隠しておき、武装蜂起に備えたほうが有利であると思う。

神経剤を含む化学兵器は、機甲戦力・砲兵火力・航空戦力などの正面戦力や兵力の不足を補う手段としては有効であるが、何も大量に手作りする必要はなく、1980年代のイラクのように小火器と同じように、製品をこっそり輸入した方が有利ではなかろうか。


■優秀な軍事専門家に欠ける素人集団の軍事能力の限界

オウムの自衛官は、いずれも高度な軍事専門家ではない。
一般職業の分野に置き換えれば、労働者、事務員、作業員などの、単純作業従事者、または下級の現場監督者の域を出ない。
軍事のエキスパートとみなされて注目を浴びた二人の空挺団の三曹も、落下傘降下など、ほかの普通化部隊にはない特技をもつとはいえ、本質的に下級隊員である。
したがって、オウム自衛官の中味は、若い巡査や消防士などと大同小異であり、活動も要人の警護など現場作業にとどまり、作戦計画、全組織の指揮、化学兵器の開発にかかわる能力はない。
地下鉄への毒ガスの配置、警察要人の狙撃、教団本部への火炎瓶投擲など一連のテロないし犯罪行為もまた、軍事専用の高度の知識や技術ではなく、暴力団などでも条件さえそろえば、習得し実行できる範囲のものである。

これまでの毒ガスの仕掛け方などは軍事的には幼稚であり、都民を心理的に動揺させているが、材料の能力に応じた最大限の威力を発揮していない。
逮捕された三曹は、教団本部への火炎瓶投擲テロ行為などを簡単に自白しており、精強で練達の工作員や革命の闘士としての資質に欠ける。
空挺隊員は、優れた指揮官の率いる中隊、小隊などの部隊の一員になれば、所定の能力を発揮するこができるが、単体としてはきわめて弱い。
これまで解明された自衛官出身者のほとんどは、オウム組織内での学歴のステータスが相対的に低い。重要な役職は、ほとんどすべて一流の一般大学の卒業者で占められており、自衛官出身者は一人もいない。
言い換えれば、自衛隊や各国軍で上級の軍事教育を受けて実務経験を積み、戦略、戦術、技術の知識、戦争史、世界の軍事情報などに通暁する本格的な軍事専門家と兵器開発の大家は、オウムには入っていないということである。

組織の幹部である一流大学卒業者は、現代日本の情勢が反映されて、おそらく軍事についての正当な理解と知識に疎い。
確かに物理、化学関連の核兵器。生物・化学兵器、レーザーなどの基礎研究は自衛官に頼らなくてもすむが、軍事のシステムづくりができない。


■自衛隊は現代社会の縮図―限界の伴う隊員の身上把握

過去四十年を顧みると、募集難とはいえ、自衛隊は毎年二万人前後を自衛官として採用してきた。
累計すれば約八十万人の国民が自衛隊の門をくぐったことになる。
この間、入隊者の多彩な人間模様が、社会のいろいろな要素を隊内に持ち込んできている。
右翼、左翼、新左翼、反戦自衛官、宗教活動、サラ金、覚せい剤、窃盗、障害沙汰などである。
要するに、自衛隊は現代社会の縮図ないし相似形であり、社会からいくらかの影響を受けるのは避けがたい。

注目点 (三浦執筆)


この論文は、オウムは高度な軍事知識をもっていなかった、という指摘に説得力がある。

マスコミでは、オウムは自衛官を取り込み、何かしようとしていた、と報じられていた。
ところが、元自衛官としての専門家の見方は、若干ニュアンスが違うようだ。
まず、入信した自衛官のオウムでの位置は相対的に低い。
これでは、自衛官が働く余地は限られる。
さらに重要なことは、入信した自衛官は一般の下級隊員で、いずれも高度な軍事専門家にはほど遠いことがあげられる。
松本事件では、サリンを撒くとき、ビニール袋をかぶるだけで撒いている。
明らかにサリンが非常に危険だという認識に欠けており、符合している。

どうもすべてにおいて、オウムのやっていることはいい加減で、目的がはっきりしない。
サリン事件にかぎって言えば、オウムがサリンをつくり、サリンを撒いたのはまちがいなさそうなのだが、いろんなことがすっきりしないのである。
地下鉄サリン事件をおこしたのは「捜査をそらすため」と言う。
しかし、かなりの信者は、「そんなことをしたら、逆にオウムに目を向けさせるだけではないのか」と見ていた。

麻原は、サリンをつくった土谷正実を評して、
「結果を出したのは、おまえだけだ」
と言ったという。
報道では、オウムはサリンを大量生産しようとした。
土谷は大量生産の方法を進言したが、麻原は採用しなかった。
腑に落ちないのがここである。
これは、結果を出した、つまりサリンをつくった人の意見を聞かなかった、ことを意味している。
麻原はサリンを大量生産するつもりが、ほんとうにあったのだろうか。

さらにひっかかってならないのが、土谷がつくったサリン、彼の指導のもとで中川智正と遠藤誠一がつくったサリンの純度のことである。
松本の方は、オウムがつくったサリンは残っていないので、確認しようがない。
しかし、地下鉄の方は、ビニール袋が残っているので、どの程度のものか、はっきりわかるはずである。
そうすれば、オウムのつくったサリンは殺傷力がなかった、という中川智正の証言が正しいか、朝日新聞が強調しているように、自分の罪を逃れようとしてついた嘘なのか、はっきりするであろう。

専門家は、オウムは高度な軍事知識は持っていない、と判断する。
ところが、オウムがやったというサリン事件には、軍事知識があるように見受けられる状況があることはある。
松本事件は、「大気の逆転現象」を知っている、ガス使用にくわしいプロの手口、ではないかといわれている。
昼間、太陽で暖められた空気は地上から上空に上り、冷たい空気が地上に下りてくる。こうして空気の対流がおきる。
このような時、毒ガスを使うと、ガスは上昇気流に乗り、暖かい空気のある上空へ飛び、地上にいる敵軍には行かない。
ところが、夕方から夜にかけて、「大気の逆転現象」がはじまる。
温まった上空の空気が、ゆっくりと地上に下りてくる。明け方に最大となる。 このとき、夜は地上が暖かく、上空は冷たい。大気の状態が安定する。
このような時、毒ガスを使えば、ガスは地上に拡散しやすくなり、敵軍の方にガスが流れる。
1994年6月24日は、ちょうどそんな夜だった。
オウム単独説を唱える人は、この日に撒いたのは、単なる偶然と片づけるかもしれない。

地下鉄事件では、サリン容器を満員電車の中に置けば、だれかが容器を踏んづけサリンが流れ出すことを、犯人グループが周到に計算していた、との報道があった。
きわめて気化しやすく、運ぶのに大変なサリンを、アセトニトリルを加えることによって薄め、液体として安定にした。
アセトニトリルによってサリン溶液はさらさらになり、容器を踏むと一気に床に広がる、という効果を想定したのではないか、というのである。

さらに言えば、京浜急行で不審物が見つかったことがある。
これも、予行演習ではなかったのか、と指摘する人もいる。





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