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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


アンソニー・T・トゥ(コロラド州立大学生化学・分子生物学)
「日本でのサリン・テロリスト攻撃の概要」
Overview of Sarin Terrorist Attacks in Japan
ACS Symposium Series 745号304-317頁(American Chemical Society)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断
3+

○ 概要

抄録、前文、背景、テロリスト攻撃、処置、オウム真理教の復活、参考文献で構成されている。

○重要部分の原文、三浦訳

Chemical Composition Detected From Tokyo Subway Sarin.
東京地下鉄サリン事件から検出された化学成分。

Three hours after the terrorist attacks on the Tokyo subway the Japanese police announced that the poison was sarin.
東京地下鉄へのテロリスト攻撃の3時間後、日本の警察は、毒がサリンであると発表した。

The Japanese police initially used GC-MS to find that the Tokyo subway sarin contained sarin (35%), diisopropylphosphonofluoridate, triisopropylphosphoric acid, diisopropylphosphonic acid, and diethylaniline.
日本の警察は、東京地下鉄サリン事件で初めて、ガスクロマトグラフィ質量分析法を使っ た。検出されたのは、サリン(35%)、ジイソプロピルホスホノフルオリデート、トリイソ プロピルホスホリック・アシッド、ジイソプロピルホスホニック・アシッド、そしてジエ チルアニリンだった。

The last compound is a catalyst or stabilizing agent to accelerate sarin formation by neutralizing the hydrogen chloride formed in the early stage of sarin production.
最後の合成物ジエチルアニリンは触媒、あるいはサリン製造の初期の工程でできた塩化水 素を中和することによってサリン合成を速めるための、安定剤である。

Sarin Production by Aum Shinrikyo
オウム真理教によるサリン合成。

Sarin was produced in five steps starting from phosphorus trichioride.
サリンは、三塩化リンから始まる5段階で合成生産された。

After the seizure of the 7th Satyan, the Japanese police detected trimethylphosphate, dimethylmethylphosphonate, monoisopropylmethyiphosphonic acid, and methyiphosphonic acid.
第7サティアンの押収後、日本の警察は、トリメチルホスフェイト、メチルホスホン酸ジ メチル、メチルホスホン酸モノイソプロピル(メチルホスホン酸イソプロピル)、メチルホ スホン酸を検出した。

Trimethylphosphate [PO(OCH3)3] is the oxidation product of trimethoxyphosphorus.
トリメチルホスフェイト[PO(OCH3)3] は、トリメチルホスフォラス(トリメチルホスファ イト、亜リン酸トリメチル)の酸化生成物である。

Monoisopropylmethylphosphonic acid is the degradation product of sarin.
メチルホスホン酸イソプロピルは、サリンの加水分解物質である。

Methyiphosphonic acid is broken down from dichloromethylphosphonate, difluoromethylphosphonate, and monoisopropylmethylphosphonic acid.
メチルホスホン酸は、メチルホスホン酸ジクロリド、メチルホスホン酸ジフロリド、そし てメチルホスホン酸イソプロピルから分解されてつくられる。


注目点 (三浦執筆)


最大の眼目は、警察(たぶん科警研だと思われる)が、東京地下鉄サリン事件で残された ものを、ガスクロマトグラフィ質量分析法を使って調べた結果、

サリン35%
ジイソプロピルホスホノフルオリデートdiisopropylphosphonofluoridate
トリイソプロピルホスホリック・アシッドtriisopropylphosphoric acid
ジイソプロピルホスホニック・アシッドdiisopropylphosphonic acid
ジエチルアニリン

を検出したことである。
どんな押収物から検出したのかはっきりしないのは問題なのだが、 ともかくこれらの物質を検出したというのである。

ジイソプロピルホスホノフルオリデートdiisopropylphosphonofluoridate
の示性式を記載しようとしたが、きちんと書けない。
もしかしたら、
ジイソプロピルホスホロフルオリデートdiisopropylphosphorofluoridate
のミスではないかと思ってしまう。(注)
もしそうなら、示性式は、
P(O)F[OCH(CH3)2]2
となる。
トリイソプロピルホスホリック・アシッドtriisopropylphosphoric acid
は、示性式が
P(O)[OCH(CH3)2]3
である。
ジイソプロピルホスホニック・アシッドdiisopropylphosphonic acid
は、示性式が
P(O)H[OCH(CH3)2]2
である。

アメリカ化学会の論文集に掲載されたものであり、まして科警研にいろいろな面から協力 しているトゥ教授の発言となれば、かなりの信憑性を持つものと思われる。
なぜこんなことを強調するかというと、
警察が別途発表しているものと内容が異なるからである。
警視庁科捜研が、地下鉄サリン事件で、プラスチックの袋に残っていた液体から検出した 物質は、

サリン 35%
MPFメチルホスホネート・フルオリドCH3POFOH
DIMPメチルホスホン酸ジイソプロピルCH3P(O)[OCH(CH3)2]2
DFPジイソプロピル・フルオロ・ホスホネートPOF[OCH(CH3)2]2
ジエチルアニリン
ヘキサン

だった。

サリン35%、ジエチルアニリンは共通しているが、ほかの物質は、明らかに異なっている。
科捜研と科警研で検出物が違うのは、両方の押収物のサリン合成法が異なっているからではないかと推測される。
これは、オウムが製造したといわれているのとは、別の合成法で製造されたサリンも撒かれた、ということを意味している。

ところでオウム真理教第七サティアンから検出されたのが、

TMPOトリメチルホスフェイトPO(OCH3)3
DMMPメチルホスホン酸ジメチルCH3P(O)(OCH3)2
IMPAメチルホスホン酸イソプロピル(メチルホスホン酸モノイソプロピル)
CH3P(O)OCH(CH3)2OH
MPAメチルホスホン酸CH3P(O)(OH)2

などである。

なぜ、科捜研が分析したなかにあった
MPFメチルホスホネート・フルオリド
DIMPメチルホスホン酸ジイソプロピル
DFPジイソプロピル・フルオロ・ホスホネート

や、
科警研が分析したなかにある
ジイソプロピルホスホノフルオリデートdiisopropylphosphonofluoridate
トリイソプロピルホスホリック・アシッドtriisopropylphosphoric acid
ジイソプロピルホスホニック・アシッドdiisopropylphosphonic acid
が、オウムの施設から検出されなかったのだろうか。

注:ジイソプロピルホスホノフルオリデートdiisopropylphosphonofluoridateは、 ホスホノフルオリデートphosphonofluoridateがP-H結合を持つフッ素酸なので、 HP(O)Fに、ジイソプロピル[OCH(CH3)2]2がついたものとなるはずである。 ところで、HP(O)FはPにO、F、Hの3本の手がついているので、もう1本しか手が 残っていない。すると、ジイソプロピル[OCH(CH3)2]2の手は2本なので、つくはずが ない、と思われる。
ミスではないかと思った。
それとも、こちらがなにか勘違いをしているのだろうか。


もしジイソプロピルホスホロフルオリデートdiisopropylphosphorofluoridateのミ スだったとしたら、示性式は、
P(O)F[OCH(CH3)2]2
となる。

  ミスがほんとうだとして、
サリン、
ジイソプロピルホスホロフルオリデートdiisopuropylphosphorofluoridate  
P(O)F[OCH(CH3)2]2
トリイソプロピルホスホリック・アシッドtriisopropylphosphoric acid
P(O)[OCH(CH3)2]3
ジイソプロピルホスホニック・アシッドdiisopropylphosphonic acid
P(O)H[OCH(CH3)2]2
ジエチルアニリン
が検出されるようなサリン合成法はどのような方法であろうか。

「放射性同位元素標識化合物と放射性医薬品雑誌」25巻5号(1988年)の、 スイス・チューリッヒ大学薬理学研究所チャン・シン・レンらの論文「特定の放射性同位元素標識メチル炭素サリンの合成法」によれば、

生成される物質は、
メチル炭素サリン[methyl-14C]sarin14CH3P(O)F[OCH(CH3)2]
ホスホロフオリディック・アシッド・ジイソプロピルエステル
phosphorofluoridic acid diisopropylesterP(O)F[OCH(CH3)2]2
ホスホニック・アシッド・ジイソプロピル・エステル
phosphonic acid diisopropyl esterPOH[OCH(CH3)2]2
メチル炭素ホスホン酸ジイソプロピル・エステル
[methyl-14C]phosphonic acid diisopropyl ester14CH3P(O)[OCH(CH3)2]
と出ている。

比較してみると、
サリンが同じなのは当然として、ほかの物質をみてみると、

ジイソプロピルホスホロフルオリデートdiisopuropylphosphorofluoridate
P(O)F[OCH(CH3)2]2と、
ホスホロフオリディック・アシッド・ジイソプロピルエステル
phosphorofluoridic acid diisopropylesterP(O)F[OCH(CH3)2]2
は同じ物質である。

ジイソプロピルホスホニック・アシッドdiisopropylphosphonic acid P(O)H[OCH(CH3)2]2
と、
ホスホニック・アシッド・ジイソプロピル・エステル
phosphonic acid diisopropyl esterPOH[OCH(CH3)2]2
も同じ物質である。
示性式のなかにあるP(O)HとPOHは、同じものの別の表現である。




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