戻る

平成一二年九月二七日判決言渡
平成九年(ネ)第五四六二号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成九年(ワ)第三七六一号)

判決

茨城県○○○○○○○○○○○○○○○
控訴人       信者A

東京都千代田区大手町一丁目七番二号
被控訴人      株式会社産業経済新聞社
右代表者代表取締役 清原武彦
右訴訟代理人弁護士 桑原康雄

主文

一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人に対し三〇万円及びこれに対する平成八年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一 当事者の求める裁判

一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し三〇〇万円及びこれに対する平成八年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人
本件控訴を棄却する。



第二 事案の概要

 次のとおり付け加えるほかは原判決「事案及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一 原判決書二頁六行目の「され、」を「されプライバシーを侵害されて」に、同一二行目の「肩書住所地所在の建物」を「後記本件記事が掲載された当時埼玉県越谷市○○○○○○○○○○○に所在する建物(不動産登記簿上の所在は同市○○○○○○○○○○○、種類は工場居宅。以下「本件建物」という。)」にそれぞれ改め、同一三行目の「である(」の次に「乙一、控訴人本人、」を、同三頁一一行目の「上九一色村」の次に「村」をそれぞれ加え、同四頁四行目の「原告居住地」、同六行目の「原告住所地の住居」及び同五頁一三行目の「原告住所地の工場」をそれぞれ「本件建物」に改め、同六頁一行目の「毀損」の次に「しプライバシーの侵害」を、同四行目の「毀損」の次に「及びプライバシーの侵害」をそれぞれ加え、同七行目の「原告住所地の建物」及び同七頁一行目の「原告住所地」をそれぞれ「本件建物」に改める。

二 控訴人の補充主張

1 本件記事による名誉毀損及びプライバシー侵害の有無

(一) 本件建物は控訴人が個人で賃借している住居兼仕事場であって、控訴人の私的空間である。
 控訴人は本件建物入居当時から近隣住民と仲良く暮らし、仕事を失いたくないと考えていた。控訴人はオウム真理教(以下「教団」ともいう。)を信仰している信者である(ただし教団は解散して法的団体として存在しておらず、控訴人は心の中で信仰している自称信者である。)が、信者であるだけで仕事を失い住居を追い出される現状があり、右信仰は他人に知られたくない個人情報である。控訴人は信者であることを秘匿し、近隣住民にもその気配さえも感じさせないように配慮していた。本件建物にサマナ服着用者の出入りやシバ神の搬入はなく、マントラも本件建物に接してようやく聞こえる程度であり、警察による一部の近隣住民への聞き込みがあってもそれは控訴人の意思と無関係であるし、他の近隣住民や取引先に対する関係で本件記事によるプライバシーの暴露がある。控訴人は右暴露により、近隣住民や取引先から白眼視され、本件記事により他のマスコミも取材するようになって近隣住民の不安が募り生活しにくい状況となった。

(二) 新聞記事による名誉毀損の成否は一般読者の普通の注意と読み方を基準とし、見出し、小見出し、リード文、本文、写真、写真説明等の内容や配列等の表現形式を総合して判断すべきである。
 一般読者は本件記事の第一面大見出しの印象をひきずって本文を読み、第三面の「『事故物件』教団に流すブローカーの存在」等の記載は控訴人の本件建物所有者の失跡への関与や不法行為を否定するものではなく、むしろその印象を強め名誉毀損を助長するものである。被控訴人は教団を犯罪者集団と考え本件記事を犯罪報道として掲載しており、偏見に基づく本件記事を読んだ読者が教団は悪事をしていると思うのは当然である。
 見出しは本文の要点をまとめたもので、一般読者は見出しが本文と無関係で独立した虚偽の内容のものとはとらえない。読者の中には目に付きやすい見出しや写真と併記された地名だけを見て、本文は全く読まずあるいは拾い読みしかしない者がある。被控訴人が意図的に見出しやリード部分によって読者を誤導し、オウム真理教が新拠点を設けようとし、信者が右失跡に関与したがのごとき印象を与えようとした以上、相当数の読者が誤った印象を持ったままになるのは当然であるし、全読者が誤導であることを見抜けるはずはない。本件記事は林泰男逮捕の翌日に掲載され誤導によって不安感をあおるもので、特に読者が近隣住民であれば冷静な判断は望み得ない。

(三) 本件記事にはアジト、オウム等の犯罪行為を窺わせる言葉が繰り返し用いられ、その表現形式を総合すれば信者が本件建物を乗っ取りその所有者一家の失跡に関与したことを窺わせており、右関与を明白に否定する記載はない。控訴人は賃貸人Yが所有者であると信じ、本件建物を同人との賃貸借契約によって使用しているのであって、乗っ取りなどしていない。控訴人は契約の際に株式会社H商事の存在や同社と賃貸人Yの関係などは知らなかったし、その後登記名義人が違うことを知ったが、賃貸人Yに所有者から任されているので心配ないと言われており、所有者からの苦情もない。被控訴人は本件記事にH商事の名を記載せず同社への取材もしていない。

2 本件記事による控訴人の特定の可否

(一)当該記事に特定人の名称が使用されていなくても、記載された人物の特徴、職業や表現の全趣旨及び周囲の事情から特定人が推知できれば、同人に対する名誉毀損が成立する。控訴人を知る近隣住民やその知人が読者であれば、本件記事によって控訴人が特定されることは当然である。
(二)控訴人は平成七年末に賃貸借契約をし、近隣住民への挨拶回り等をし、平成八年二月末ころから本件建物に居住し始めており、市役所への届出が同年六月となったのは多忙であったためである。
 控訴人は本件記事に記載されているとおり当時三七歳で、オウム真理教を信仰し、本件建物賃借後に近隣住民に挨拶をしているのであって、本件記事を読んだ近隣住民には容易に控訴人が特定できる。しかも本件記事には製版業、製パン業という職種、控訴人が居住していた本件建物の所在地名とその周辺事情等が記載され全景写真が掲げられているのであるから、本件記事によって控訴人が特定されていることは明らかである。

3 本件記事の違法性の有無等

 本件記事には公益目的や公共性はなく、その内容も真実に反している。

(一)被控訴人は売上による利得を目的として本件記事を掲載した。本件記事はセンセーショナルな見出しで読者を誘い、読者を意図的に誤導して社会を混乱させる反公益的で悪質なものである。
 教団は平成七年に解散しており、既に法的団体として存在しておらず、解散した団体に対する報道とと称していつまでも恣意的かつ無制限に個人の権利を侵害することは許されない。本件記事が教団に対する報道であれば、控訴人、本件建物及び仕事について取り上げる必要はない。
(二)教団が犯罪者集団であるとするのは被控訴人の固定的偏見である。地下鉄サリン事件等の刑事事件は審理中である上、一部の信者だけが起こしたもので、教団の実体はいわゆるオウム報道のようなものではない。また平成七年後半以降刑事事件は起きていないから、平成八年一二月に至って第一面に本件記事を掲載するだけの社会の正当な関心はない。本件と刑事事件は関係がなく、控訴人は純粋な宗教的目的完遂のためにオウム真理教を信仰しており、刑事事件には全く無関係であって将来とも凶悪事件を犯す可能性はない。被控訴人は控訴人が本件建物で平穏に暮らしていて、近隣住民とも何の問題もないことを知りながら、誤解を招きやすい時期に、犯罪を犯しかつ将来的にも危険性があるような本件記事を掲載した。単に信者であるだけでプライバシーの制約が許されるはずはなく、信者個人の生活に公共性はない。控訴人が行っていたのは衣食住確保のための私的活動だけであり、信者としての社会的活動などはしていない。近隣住民は本件記事のような感覚で騒ぎ立てるつもりはなく、本件記事は社会を無意味に混乱させ不安に陥れたものである。
(三)本件記事には真実性もない。本件建物は私的空間の場であってアジトではなく、シバ神が運び込まれたこともない。オウム真理教は法的に存在せず、オウム、上九、幹部、残党といった用語も根拠がない。本件記事執筆記者K記者が取材時に会ったのは控訴人であるが、控訴人はK記者に「敷地から出ろ。何も話すことはない」と言ったり、本件建物に引きこもったりしていない。控訴人は外出しようとした際同記者に会い、「敷地から出て下さい。」と言って建物内部に車の鍵を取りに行っただけである本件建物への転入者の大半も上九一色村からではなく、平田信容疑者ら逃走犯と連絡を取り合ったこともない。控訴人及びオウム真理教信者(であった者)が本件建物を乗っ取り、失跡にかかわったことはない。これらにつき真実性の証明はなく、真実であると誤信するに足りる理由もない。また本件記事は急いで報道する必要はなく、当事者への取材もされていない。同記者は取材努力をしておらず、控訴人が取材に応じる義務もない。
(四)公安審査委員会が平成一二年一月三一日にした教団に対する観察処分の決定(以下「観察処分決定」という。)は本件記事と時期を異にし、観察処分も具体的危険性を要件とはしていない。本件記事掲載当時の状況は、同委員会が平成九年一月三一日にした破壊活動防止法に基づく処分請求を棄却する決定(以下「棄却決定」という。)において教団は組織としての求心力が低下し、組織的な活動が困難になりつつあり、出家信徒らは集団生活から離れ、一般社会内において自立的、個別的な生活を送るようになり、生活態度には顕著な変化が生じ、アルバイト等で生計を維持せざるを得ない状況に陥っている旨の判断が実態に即しており、右決定では本件建物が教団の施設とされていない。右決定では教団構成員に信仰生活を保障しつつその正常な社会復帰を促進することが肝要であるとしているが、本件記事は信仰生活を不当に侵害し、人間が生きていくため最低限の職業や住居の確保すら脅かし、正常な社会復帰を最悪の形で阻害するものである。

三 被控訴人の補充主張

1 本件記事による名誉毀損及びプライバシー侵害の有無

(一) 本件建物には本件記事掲載時に信者一八名が居住し、教団のための製版業と製パン業等がされており、控訴人の私的空間などではない。棄却決定においても教団は破産手続後も構成メンバーが法人格のないオウム真理教として活動してきた点に特徴があるとしており、教団は東京地方裁判所による平成八年三月二八日の破産宣告(以下「教団破産宣告」という。)等により縮小はされたが従前の組織との連続性、同質性を有して存続している。
(二) 本件記事掲載当時、社会は合理的な根拠により教団と信者に対して根強い危機感を持っており、本件記事において刑事手続に付されていない信者を「残党」と称し、これら信者の拠点を「アジト」としたことに問題はなく、読者がこれらの用語のみで別な犯罪が行われあるいは犯罪者であるとの印象を持つことはあり得ないから、名誉毀損となる余地はない。
 「工場乗っ取り」の記載も真実である。本件建物は所有者が銀行取引停止処分を受けたことに乗じて占有屋のH商事が不法占有し、信者の転居先の斡旋役であった賃貸人Yが教団の依頼によりこれを控訴人に賃貸し、控訴人もH商事及び賃貸人Yの実態と両者の不法な占有取得を認識した上で賃借して占有したものである。
 見出しの「経営者一家失跡」及びリード文の「建物の元の所有者も消息不明」の記載には信者が右失跡に直接関与したことを示す文言はなく、建物の占有奪取の手段態様にも種々のものが考えられるから、読者は右記載によって信者が右失跡に関与した可能性があるとの印象を抱くにとどまる。そして第三面の「『事故物件』教団に流すブローカーの存在」の見出し及び本文の記載によって読者は教団及び信者が右失跡に関与していないことを印象づけられるのであり、本件記事は全体を見れば控訴人を含め信者が失跡に関与していないとの印象を読者に与えるもので、控訴人の名誉を毀損していない。
(三)本件建物にはサマナ服を着用した人物が出入りし、大きなシバ神像が運び込まれ、建物内部でマントラを唱える音がスピーカーで流され、平成八年一月から付近に警察車両二台が常駐し居住者や出入りする信者らの行動を監視していた。近隣住民はこれらを見聞きし、また警察等から本件建物の居住者の動向等について頻繁に聞き込みを受けて本件建物の居住者らが信者であることを知っており、居住者らにも特にそれを秘匿していなかった。したがってプライバシーの侵害もない。

2 本件記事による控訴人の特定の可否

(一)本件記事控訴人の氏名の記載や容貌を示す顔写真の掲載もなく、記載された居住形態により本件建物が明らかになっても控訴人が特定されることはあり得ない。控訴人は製版業及び製パン業の代表者ではなく、本件記事に記載された行動も控訴人の行動として読者によく知られているものではなく、読者が控訴人を記載対象の個人として特定されていると読みとることはあり得ない。
(二)そもそも控訴人は本件記事掲載当時、本件建物に居住していたのかさえ不明である。控訴人主張の挨拶回りは本件記事掲載の一〇か月以上前にしかも三人で行われたもので、本件建物には他にも多数の居住者がおり、近隣住民が本件記事掲載当時どの程度控訴人を記憶していたかも不明である。

3 本件記事の違法性の有無等

 本件記事は公共の利害にかかわり、掲載目的は専ら公益を図るためであり、記載内容は真実である。

(一) K記者は平成八年一一月下旬ころ信者らの活動が再び活発化しており、拠点の一つが越谷市にある旨の情報を得て本件記事の取材活動を始めた。同記者は警視庁、埼玉県警、越谷警察署の各担当者、近隣住民等に取材し、登記簿謄本を調べるなどして事実を確認した。  本件記事は地下鉄サリン事件等の凶悪事件が信者の犯行であると判明してから一年半しか経っておらず、指名手配された信者も一部は未逮捕で、既逮捕者も信者にかくまわれており、破壊活動防止法による処分請求がされ、社会が教団及び信者の活動に強い危機感、不安感と関心を持っていたことから、信者らの現在の活動を伝える目的で掲載され、本件建物の写真も教団の財政力を具体的に示すために掲載されたものである。
(二) 教団が犯罪集団であるとすることは何ら不当ではない。本件記事掲載当時、一連の犯行に関与して起訴された刑事事件被告人約一九〇名の多くが幹部ないし指導的立場にあった者であった。右被告人らは右犯行が教団の殺人をも正当化する異常な教義に基づき、組織を前提としてこれを利用して行われたことを意見陳述で認めており、右犯行が信者によるものであることは真実であって社会的に確立した事実であり、信者に対し社会が危機感を持つのは当然である。
 控訴人が右犯行を知らなかったとしても、教団は信者らの多額の寄付とワークという活動によって支えられており、控訴人は右犯行に間接的に関与していた。控訴人が殺生をしないとの教義を信じて入信したのであれば、右犯行により多数の幹部らが逮捕、起訴されて犯行を告白している事実に接した以上、教団から脱退し、少なくとも活動を差し控えるのが通常である。控訴人が信者として活動を続けるのであれば、社会から異常な者あるいは凶悪な犯行を犯すおそれのある者として危険視されるのは当然であり、あえて信者としての社会的活動をしようとする者はその社会活動を行う限度においてプライバシーの侵害を受忍すべき義務を負っている。
(三) オウム真理教は松本智津夫(別名麻原彰晃。以下「松本」という。)及び同人の指示に従う出家信者によって平成七年三月の地下鉄サリン事件ほか多数の無差別大量殺人や凶悪な犯行を重ねており、右事件の捜査や同年九月に始まった一連の刑事事件の裁判手続により、教団は宗教に名を借りた残虐な犯罪者集団であることが明らかになり、社会は教団に対する強い恐怖感を抱いていた。しかし教団は犯行への関与を否定し続け、教団批判や捜査にも宗教弾圧であるとして積極的に反論し、教団に不利な事実をおおい隠すためにあらゆる手段をとり、東京地方裁判所が平成七年一〇月三〇日にしたオウム真理教に対する宗教法人の解散を命じる決定(以下「解散決定」という。)の審理手続において虚偽の主張をして存続を執拗に求め、破壊活動防止法に基づく処分請求事件においても同法の適用回避のため様々な手段を講じた。同年一一月には特別指名手配犯されていた林泰男と同人をかくまっていた女性信者が逮捕されたが、他の三名の特別指名手配容疑者の行方は判明せず、教団が製造した毒ガス等も一部が所在不明のままであった。また教団破産宣告による平成八年一〇月の信者の教団所有施設からの退去は組織的に行われており、教団の強い統制力は失われていなかった。
 これらにより本件記事掲載当時の社会の関心は刑事裁判の進行や特別手配の容疑者の行方等とともに、教団施設から退去した信者らの行方や活動状況に集まっており、本件建物における信者の居住及び活動は社会の正当な関心事であった。控訴人ら信者の本件建物への入居は教団と無関係な個人的発案によるものではなく、そこでの活動も教団の出版物の製版及び他の信者に供給する食糧の製造という教団の活動の枢要部分であり、近隣住民には控訴人らが信者であることは既知の事実であった。本件記事は控訴人ら信者個人の生活等は全く記載しておらず、興味本位な記載方法も採られていない。
(四) 平成一二年一月三一日にされた観察処分決定は信者らにより再び無差別大量殺人が行われる危険性を否定できないとしてオウム真理教を三年間公安調査庁長官の観察処分に付したが、本件記事掲載当時における社会の教団に対する危険感、不安感はより強く、本件記事に違法性がないことは明らかである。
 棄却決定においても教団の危険性が消失したということは到底できないとしており、破壊活動防止法の適用が否定されたのは本件記事掲載時に未発見であった毒ガス等が発見され、教団が報道機関及び近隣住民から注視されていること等も考慮され、同法七条所定の「明らかなおそれ」が認められなかったためである。

第三 証拠関係

 本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四 当裁判所の判断

一 認定事実

 前記前提事実並びに証拠(後記書証(枝番を含む。)のほか甲二、五六、八一の控訴人の各陳述書、証人K記者、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

1 オウム真理教は松本が昭和五九年ころ発足させたオウム神仙の会を母体とする団体で、昭和六二年七月ころ名称をオウム真理教と変更し、平成元年八月二五日に主務官庁(東京都知事)の認証を受け同月二九日に宗教法人の設立登記がされた。松本は自らを主神であるシバ神(シヴァ神)の化身で唯一の最終解脱達成者であるとしてグル、尊師、教祖などと称させ、教団の最高位に君臨し、信者に松本に対する絶対的帰依を求め、教団の規則上も全人事権を握り、ホーリーネーム(宗教名)を与えるのも自らの判断で行うなどして教団を全面的に支配しており、説法において松本が教義の実践のため必要と認めた場合はポアと称する殺人も正当な行為であると説き、このような説法自体も教義の内容となっていた。信者は出家に際し全財産を教団に寄付すること、シバ神及び松本に全てを委ねること等が要求され、松本によって正大師、正悟師、菩師長、菩師等の地位(ステージ)に格付けされ、上位者の指示は絶対とされ、戒律に違反した場合は降位や独房修行等の制裁を加えられていた。平成七年三月ころの時点で教団は国内外に二八の拠点があり、出家信者数は約一四〇〇名、在家信者数は約一万四〇〇〇名と称しており、菩師以上の地位の信者は一〇〇名程度であった。

2 平成元年一一月に坂本弁護士一家が行方不明となる事件が発生し一部では教団の関与が指摘され、その後も教団活動の違法性等が批判されたが、教団は違法行為の存在を比定し批判は宗教弾圧であるとし、その主張を出版物等において宣伝していた。
 平成七年三月二〇日に猛毒のサリンが用いられ一二名の死亡者と三七九六名の負傷者(サリン中毒症等)を出した地下鉄サリン事件が発生し、捜査によって右事件や平成六年六月二七日に発生し七名の死亡者と一四四名の負傷者を出した松本サリン事件はオウム真理教の信者による組織的計画的な犯行であるとされ、猛毒物を用いた教団の無差別大量殺人に対する強い不安感が社会に広まり、松本ら教団幹部が多数逮捕された後も残った信者による報復等が強く懸念されていた。その後の捜査でも坂本弁護士一家は信者に殺害され、上九一色村の教団施設に大量のサリン製造プラントが建設されていたとされ、平成七年九月ころから始まった刑事裁判の手続で信者である多くの被告人らが犯行を認める供述をし、同年末ころから相次いで有罪判決がされた。また刑事被告人の一部は尊師である松本に対する帰依を貫く姿勢を示し、公訴事実について黙秘し、いまだ松本ないしオウム真理教と松本の指示があれば殺人をも許されるとの教義を信奉する信者が多数存在することが示された。教団は前記捜査等を宗教弾圧であると主張し、松本サリン事件及び地下鉄サリン事件への関与を否定し、前記プラントは農薬製造用のものであると反論していた。
 東京地方裁判所は平成七年一〇月三〇日にオウム真理教に対する解散決定をし、右決定及び東京高等裁判所の同年一二月一九日の抗告棄却決定、最高裁判所の平成八年一月三〇日の特別抗告棄却決定において、各裁判所は前記同様の教団の主張をいずれも排斥した。公安審査委員会は公安調査庁の請求に基づき平成七年一二月に教団に対する破壊活動防止法七条に基づく処分請求事件の審理手続を開始した。
 東京地方裁判所は平成八年三月二八日に教団破産宣告をしたが、教団所有施設内にいた信者は同年一〇月ころまでに組織的に退去した。同年一二月三日には特別指名手配されていた林泰男と同人をかくまっていた女性信者が逮捕されたが、他の三名の特別指名手配容疑者の行方は判明せず、教団が製造したVXガス及び青酸ソーダも一部が所在不明のままであった(甲二二、七〇、乙一〇ないし二三、四三ないし四七)

3 控訴人は昭和三四年○月生まれ(本件記事掲載当時三七歳)の男性で、平成二年にオウム真理教の信者となって同年五月ころに出家し、平成三年四月ころから上九一色村所在の教団施設に居住したほか教団総本部が置かれていた富士宮市の施設にも一時居住し、教団の科学技術省に属したり印刷関係の仕事に携わったりしていた。平成七、八年ころには菩師となっており、○○○○○○○○という宗教名(ホーリーネーム)を持っていた。控訴人はマスコミのオウム真理教に関する報道中には多くの誤報、虚偽や脚色があり、それによって作り上げられているイメージが控訴人の体験したオウム真理教の実態から離れ独り歩きしていると考え、前記刑事事件とオウム真理教との関係の有無等については教祖松本の裁判の結果を待って判断したいとし、オウム真理教の信仰を続けている。
 控訴人は平成七年一一月ころ以降、上九一色村の施設で印刷関係の仕事を担当していた信者ら八名程度が共同で住み同じ仕事ができるような建物を東京都内あるいはその近辺に探していたが見つけることができなかった。控訴人は同年一二月中旬ころ他の信者から紹介された賃貸人Yと会い、同月二四、五日ころ現地に案内されて本件建物を見た上、同月二七日に権利金三五〇万円を支払って同人との間で本件建物の賃貸借契約を締結した。
 本件建物には平成八年初めころまず控訴人以外の信者が住み始め、同年二月末又は三月末ころから製版業を行うようになった。控訴人は同年一月末か二月初めころ一人で又は二〇歳代の男性及び三〇歳代前半の女性との三人で近隣住民の家五軒に挨拶に行った。控訴人は越谷市長に対し同年六月五日に東京都葛飾区南小岩の前住所から同年五月二七日に転入した旨の届出をした。
 本件建物では代表者を信者Tとする製版業のメール製版及び代表者を信者Mとする製パン業の空飛ぶお菓子屋さんの業務が行われているが、いずれも法人組織ではない。控訴人は双方の仕事に従事しているがいずれの代表者でもない。製パン業務において作られた食料は京都地方にある教団の施設に供給されていた。
 控訴人は後記の競売事件により執行官が現況調査のために本件建物を訪れたことにより、平成八年四月又は六月に本件建物に競売申立てがされていることを知り、賃貸人Yに問い合わせたが、同人からは心配はないと言われた。同年四月の調査時点で本件建物に居住しているとされた五名の男性のうち控訴人以外は全員二〇歳代であり、本件記事掲載時に本件建物には控訴人のほかにも三〇歳代の者が一人おり、約六名が二〇歳代でほかは四、五〇歳代であった。(甲三、四、七、八、乙三六)

4 本件建物は平成三年三月に新築され元所有者Sが所有していた鉄骨造陸屋根四階建の工場居宅建物である。元所有者Sは有限会社S金属工業を経営し本件建物でその事業を行っていたが、同社は平成七年一〇月四日に第一回目、同月一三日に第二回目の手形不渡りを起こし、同日ころから元所有者Sとその家族は行方不明となった。本件建物には同月一六日以降の受付で計六件の根抵当権設定仮登記及び賃借権設定仮登記がされており、その最後のものは同年一二月二六日受付でH商事を権利者とする賃借権設定仮登記(賃料三年分前払、譲渡転貸可能)であった。また、同年一〇月一六日ころからは暴力団関係者と思われる者が本件建物を占拠するようになった。
 本件建物につき浦和地方裁判所越谷支部は埼玉縣信用金庫の申立てにより平成八年二月二三日に競売開始決定をした(同日差押登記)。同支部の執行官は平成八年四月一二日に本件建物の現況調査を行い、本件建物に居住していた信者T及び信者Kから同人ら及び控訴人を含む八名が本件建物に居住し右信者Tを代表者としメール製版として仕事をしていること、賃貸借契約の関係は控訴人が担当していることを聞き、また同年六月四日の調査では控訴人と面談し本件建物を賃貸人Yから賃借していることを聞き、賃貸人Yに問い合わせるように言われて電話番号を告げられた。執行官が同月二七日に賃貸人Yに電話をしたところ、同人はH商事の右仮登記に係る賃借権の譲渡を受け同人が本件建物をメール製版に賃貸した旨説明し、関係書類の提出を約束し、同年七月一五日の電話でも書類の送付を約束したが、書類は送付されなかった。
 賃貸人Yは茨城県鹿島郡旭村所在の平屋建居宅及び二階建居宅について平成八年一〇月二日に設定仮登記されていた賃借権の同年一一月一日売買を原因とする同月八日受付の移転仮登記を有し、福島県いわき市所在の居宅についても同年七月二五日に設定仮登記されていた賃借権の同年九月一七日売買を原因とする同月二一日受付の移転仮登記を有しているが、右各建物には同年一一月下旬ころから松本の子ら及び信者らが居住するようになった。またH商事は占有屋と目され、T・Sはその取締役(前代表取締役)であったが、同人は平成九年一一月ころ東京都江東区所在のマンションの競売を妨害した疑いで平成一一年一一月一七日に暴力団組長らと共に警視庁に逮捕された。なお埼玉縣信用金庫においては平成八年八月二三日の時点で本件建物を信者が占有していることを認識していた。(乙三六ないし四三、五〇ないし五三)

5 K記者は被控訴人東京本社の本件新聞編集局報道部に所属する記者であるが、平成七年二月に発生した目黒公証役場事務長の行方不明事件に教団が関与している可能性が強いと判断されて同年三月下旬に作られたチームに加わり、同チームが解散した平成七年八月末の前後を通じて教団に関する取材や記事の執筆を続けていた。
 同記者は平成八年一一月下旬ころ、元信者から教団が越谷市に活動拠点を設け警察が調べていること、右拠点となった本件建物の所有者家族が行方不明で警察も関心を示していることを聞き、同年九月に発売された週刊新潮にも信者が本件建物でメール製版として印刷を行っている等とする記事が掲載されていることを知り、公安調査庁、警視庁公安部に取材して本件建物の所在地と本件建物で菓子の製造と製本らしいことがされていることを知った。
 同記者は同年一二月二日、本件建物に赴きまず看板のメール製版との表示を確認し、近くに駐車中の警察車両の乗務員との会話により本件建物には上九一色村から移り住んだ者がいることを確認した。次に取材した近隣住民一名からは本件建物に信者が転入し大勢が居住していること、時折音楽や経文を唱える音がすることを聞き、何をするか分からない団体であるから騒ぎ立てていないのであり黙っておいてほしい旨告げられた。近隣住民三名からは、本件建物への人の出入りが頻繁であること、空飛ぶお菓子屋さんと記載されたトラックが停まり大きな荷物を本件建物に搬入していたこと、建物内部から教団の人が好むような音楽が聞こえてきたことを聞き、うち一名はサマナ服のような服装の人が出入りしていたと思うと述べた。右近隣住民四名は警察官の聞き込みを受ける過程で本件建物の居住者がどのような人であるかを知ったことを同記者に告げた。その後同記者は本件建物から出てきた控訴人に取材しようとしたが、敷地から出るよう求められ取材を拒否された。次いで同記者は越谷警察署に行き、警察官から本件建物の入居者は信者で同年一月ころから入居しており、転入後まもなく住民票の異動や免許証の記載事項変更がされていること、製版業と菓子屋で収入を得ていること、シバ神が本件建物に搬入されているとの情報があること、捜査員が経文を唱えるような音を聞いていること、本件建物の所有者は精密機械の加工販売をしていたが平成七年一〇月に手形不渡があった当時から行方不明になっていることを確認した。同記者は法務局で本件建物の登記簿謄本を取得し、右不渡後に前記のような仮登記がされていること、平成八年二月二三日に競売開始決定による差押登記がされていること等を確認し、その権利関係の変動等に不自然さを感じた。次に訪れた埼玉県警本部では、警察が逃亡している複数の信者の連絡係と見ている野田成人が出入りしていることが確認されている旨の情報を得た。
 同記者は同年一二月三日に越谷保健所に電話をし、前記菓子屋につき同年一一月一五日に食料品店を開くための届出がされていること、右菓子屋の代表者は近藤真希子であることを確認した。同記者は教団の広報部に電話をかけて取材を申し入れたが責任を持って対応できる者が不在であるとの返事であった。被控訴人は同年一二月三日にヘリコプターから本件建物の写真を撮影した。
 同記者は同年一一月以降逃亡していた信者が逮捕されていたこと、教団に対する破壊活動防止法に基づく処分請求について公安審査委員会で審理が行われていたこと、オウム真理教が地下鉄サリン事件等の凶悪事件を起こしたとされ、林泰男容疑者が直前に逮捕されていたことなどから、社会の教団に対する恐怖感、危機感があり、関心が強いので教団及び信者の活動状況を伝える必要があると考えて本件記事を執筆し、本件建物の写真を掲載することにより教団の力が衰えていないことを具体的に示すことができると考えた。
6 本件記事は平成八年一二月四日発行の本件新聞の第一面及び第三面に掲載されたものであり、その記載内容及び表現形式は原判決別紙のとおりである。本件新聞は本件建物に近い各駅の売店やコンビニエンスストア等においても同日夕刻から販売された。
 本件記事の第一面の「埼玉に新アジト」、「工場乗っ取り」、「経営者一家失跡」の見出しは被控訴人の編集局長等による編集会議で決められたものであるが、同記者はこれらの見出しは確実に適合していると考えていた。(甲一、八、五三、乙一、四)
7 本件記事掲載後の平成九年一月三一日にされた公安審査委員会の破壊活動防止法七条の解散の指定を求める旨の処分請求に対する棄却決定は、その理由中の「本団体による将来の危険性について」等において、教団は解散命令や教団破産宣告後も構成員が法人格のないオウム真理教として活動してきたことを前提とした上で、教団は組織としての求心力が相当に低下し、組織的な活動が困難になりつつあることが多分に窺われ、出家信徒らはその集団生活から離れ、一般社会内において部外者と交わり種々の情報に接しつつ自立的、個別的な生活を送るようになってきており、その生活態度には顕著な変化が生じていることが窺われ、出家信徒も現状ではアルバイト等をしてようやく生計を維持せざるを得ない状況に陥っていることが窺われるとしながらも、教団の危険性が消失したということは到底できないとし、本件記事掲載当時には未発見であったVXガス及び青酸ソーダが発見されたことや教団が報道機関及び近隣住民から注視されていること等を右請求棄却の理由としてして挙げ、同条所定の「団体が継続又は反復して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあるとする十分な理由」があるとは認められないとしている。なお右決定では本件建物が教団の施設であるとはされておらず、公安審査委員会の見解として、今後教団が暴力主義的破壊活動に及ぶおそれを減少させるための基本的な方策の一環として教団構成員の信仰生活を保障しつつ通常の社会生活を営めるように環境を整備し、様々な情報に接する機会をできるだけ多く与え、その正常な社会復帰を促進することが肝要と考えられる旨が付記されている。
 また公安審査委員会の平成一二年一月三一日のオウム真理教に対する観察処分決定は、信者らにより再び無差別大量殺人が行われる危険性を否定できないことを理由としてオウム真理教を三年間公安調査庁長官の観察に付するとしている。右決定により公安調査庁はオウム真理教の施設に対する立入検査を実施したが、その中には本件建物も含まれていた。(甲七〇、乙五五)

二 判断

1 新聞記事による名誉毀損及びプライバシー侵害による不法行為は、問題とされる記事が人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるとき及び人が他人に知られることを欲せずかついまだ知られていない私生活上の事項を公開するものであるときにそれぞれ成立し得るものであるが、それが公共の利害に関する事項に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにある場合には、適示された事実の重要な部分について真実であることの証明があったとき又は右証明がなくとも行為者において右事実を真実と信ずるについての相当の理由があるときは、その違法性又は故意過失は否定されると解するのが相当である。また、記事中にある事実を基礎とする意見ないし論評が含まれている場合の不法行為の成否についても右と同様の視点に立って検討するのが相当である。更に、ある記事の意味内容が人の前記評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である(以上につき最高裁判所昭和三一年七月二〇日判決・民集一〇巻八号一○五九頁、同昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁、同昭和五八年一〇月二〇日判決・裁判集民事一四〇号一七七頁、同平成九年九月九日判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)。

2 本件記事による名誉毀損の成否について検討するに、まず、本件記事のうち第一面見出しの「オウム/埼玉に新アジト/工場乗っ取り/経営者一家失跡」、同リード部分の「オウム残党」、「山梨・上九一色村ばりのアジト」、「建物の元所有者も消息不明」、同本文の「オウムの新アジト」、「オウム信者がこの物件に住み着いたのは今年一月ごろ」、第三面見出しの「オウム越谷に新アジト」、同本文の「同社は平成七年一〇月に倒産。以来、経営者一家は行方不明となっている」、「賃借権を・・・不動産ブローカーが買い、教団に貸すことになった」との記載は、一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、前記認定のように無差別大量殺人等を犯したとして社会が危険視していた教団ないしはその信者が本件建物の所有者(元所有者S)の失跡に関与し、本件建物の占有を不法に奪取し、本件建物において違法行為を行うような活動拠点を設けているとの印象を持つに至ることは明らかであると考えられる。したがって本件建物に居住する信者は右記載によってその人格的評価を低下させられ、名誉を毀損されたものということができる。
 被控訴人は、本件記事はその全体を見れば信者が右失跡に関与していないとの印象を読者に与えるものである旨主張する。本件記事中第三面本文の後半には、本件建物の所有者が経営する会社が平成七年一〇月中に倒産し、以来、経営者一家は行方不明となっているとの記載があるから、ここまで読み進めば経営者一家の失跡の原因は倒産であり、倒産・夜逃げという類型的事案であろうと想像する読者もあると考えられる。このような読者は、一方で本件新聞が興味本位の記事を売り物にする大衆紙であることと結び付けて、前記摘示の見出しとリード部分の記載は読者を惹き付けるために関係のない事項をあたかも関係ある如く印象づけるためのものにすぎないと思い当たることもあろう。しかし、このように理解するには第三面の本文後半部分まで読み進まなければならないから読者一般にそのような読み方をすることを期待するのは困難であるし、他方、本件記事中には信者が右失跡や本件建物の占有の不法な奪取に関与していないことを明示するような記載は見当たらないこと、本件記事の見出し及びリード部分の掲載位置、活字の大きさ等の表現形態が読者に強力な印象を与えることは免れないというべきである。そうすると、本件記事は普通の読者に対し被控訴人主張のような印象を与えるものとはいえないから、右主張は採用できない。

3 特定人に対する名誉毀損が成立するというためには、名誉を毀損されたとする人物が記事によって特定されていることが読者によって認識され得ることが必要である。
 本件記事の第一面本文には「オウム信者がこの物件に住み着いたのは今年一月ごろ。まず五、六人が入居し、このときは代表者を名乗る信者(三七)が菓子折りをもって町内会長を訪ね、『お世話になります』と頭を下げていったという。」との記載があるところ、前記認定の事実によると、控訴人は本件記事掲載当時三七歳の男性信者で、賃貸人Yとの間の本件建物の賃貸借契約における賃借人になっており、平成八年一月末か二月初めころ一人で又は二〇代の男性らと共に近隣住民の家五軒に挨拶に行き、同年六月五日に本件建物への転入届出をし、同月一二日には本件建物において執行官と面談し、本件記事掲載直前の同年一二月二日にはK記者とも会っていることが認められ、これらを総合すると控訴人は本件記事において同年一月ごろ菓子折りを持って町内会長を訪ね挨拶をしていったとされる三七歳の代表者と同一人物であり、本件記事掲載当時本件建物に居住していた信者の一人であるということができる。また大きな見出しや本件建物の写真が掲載されている本件新聞を近隣住民が駅の売店やコンビニエンスストアで目に留めたときはこれを購入して読むことは当然に想定されることといえる。そうすると控訴人は本件記事の読者が近隣住民である場合、本件記事に掲載されている人物として当該読者にとって特定され得ることになる。
 被控訴人は控訴人の本件建物への居住関係が不明である等として、本件記事によって控訴人は特定されていない旨主張する。確かに前記認定のとおり控訴人は本件建物で営まれていた製版業及び製パン業の代表者ではないこと、挨拶回りをしたのは控訴人だけではないこと、本件記事掲載当時において本件建物には控訴人以外の男性も数多く居住していたことに加え、控訴人の上九一色村の教団施設を出てからの居住場所や具体的行動については住民票(甲三)の記載や控訴人の供述等によっても必ずしも明らかでないことからすると、右主張が直ちに理由のないものであるということはできない。しかし、前記のとおり控訴人は教団において菩師という高い地位にあり本件建物の賃貸借契約における契約者であることや挨拶回りをした際の同行者が二〇歳代の男性等であったことなどからすると、本件記事によって控訴人が全く特定されていないということができず、右主張は採用できない。
 控訴人は本件記事により取引先との関係でも名誉を毀損された旨主張し、その供述中にも製パン業につき大きな仕入先業者から取引を断られた等とする部分があるが、前記のとおり本件建物で製造された食料が京都地方にある教団の施設に納入されていた事実は認めるものの、それ以外には控訴人の関与していた製版業及び製パン業の具体的取引先等の存在及び取引内容と本件記事の影響による変化を裏付けるに足りる証拠は皆無であり、右主張は採用できない。
 以上によると、本件記事の掲載によって控訴人の社会的評価は低下したが、それは近隣住民といった狭い範囲に限定されたものであったということになる。

4 次に本件記事による名誉毀損の違法性等の存否について検討する。
 前記認定の事実によると、地下鉄サリン事件及び松本サリン事件等は信者によって敢行された大量無差別殺人事件とされ、これらを含む多数の刑事事件の犯行にオウム真理教の教義及びその教義を説き信者を支配していた松本の大きな影響があったことは否定できず、破壊活動防止法に基づく処分請求についての公安審査委員会の審理が係属していた当時の社会は教団及び信者に対し強い恐怖感を持ちこれを危険視し、その動向に強い関心を有していたということができる。本件記事掲載の時期からしてこのような社会の恐怖感や関心が薄れていたかのような控訴人の主張が失当であることは明らかである。本件記事は右のような状況の下で教団及び信者の活動の一部である本件建物の占有状況とその居住者の活動等について報道したものであるから、公共の利害に関する事項に係わるものであるということができる。
 またこのような記事を掲載した目的は、前記認定によればオウム真理教の教義及び松本の個人的影響力の下にあった教団及び信者が危険な行動に出ることに対する一般市民の警戒心に対し情報を提供し警告を与えるということにあったと認めることができ、この点で公益を図るためという面があることは否定できない。しかし、前記2の本件記事の見出し等の記載はその文言と大きな文字等によってあからさまに読者の興味に訴え購入の意欲を刺激しようとするものであることが明らかであって、その記載内容を含めて検討してみても、右両様の意図が相半ばしているということはいえても、前者が主であるすなわち専ら公益を図る目的に出たものであるとまで認めるのは困難である。
 更に本件記事記載の事実及び右事実を基礎とする意見ないし論評についてもその重要な部分について真実であることの証明がなく、かつ、真実であると信ずるについての相当の理由があったとすることもできない。すなわち、本件記事は一般読者の普通の注意と読み方によれば、教団ないしその信者が元所有者Sの失跡に関与し、本件建物の占有を不法に奪取し、本件建物において違法行為を行うような活動拠点を設けていると印象づけるものであることは前記のとおりであり、これらは事実の摘示又はそれに基づく被控訴人の意見ないし論評であるということができる。しかし、まず教団又は信者が元所有者Sの失跡に関与したことを認めるべき証拠は存しない。また本件建物の占有を不法に奪取したか否かについても、前記のとおり控訴人は賃貸人Yとの間で賃貸借契約を締結しそれが占有権原であるとしているところ、控訴人が同人を知ったのは信者の紹介によるものであること、賃貸人Yが賃借権の仮登記を有する他の建物には信者らが居住するようになっていること、本件建物については同人の賃借権に関する登記はないが同人は賃借権をH商事から譲り受けて賃貸した旨述べていること、同社の本件建物に対する賃借権設定仮登記は元所有者Sが行方不明となった後でしかも控訴人と賃貸人Yとの賃貸借契約がされる前日にされたものであること、H商事は占有屋と目されており、その取締役が後に競売妨害の疑いで逮捕されていること等の事実を認めることができるものの、これらの事実によって直ちに控訴人あるいは教団又はその信者が本件建物を元所有者Sから奪取し又は奪取に加担していることが証明されているということはできないし、右事実のうちH商事の取締役が逮捕されたのは本件記事掲載の約二年後であり、他の建物への信者らの居住事実を本件記事掲載時に被控訴人において認識していたか否かも不明であって、被控訴人において本件記事の前記記載を真実と信ずるについて相当な理由があったということもできない。本件建物が違法行為が行われるような活動拠点であると印象づけている点についても、前記認定のようなK記者が埼玉県警察本部で得た情報のみをもって違法行為が行われることについての証明がされ、あるいはそのように信ずるについて相当の理由があったとすることはできない。
 なお控訴人は本件記事の記載における本件建物にシバ神が運び込まれた事実もないと主張するが、右事実は控訴人に対する名誉毀損の内容に具体的影響を及ぼすものであるとはいえない。

5 本件記事によって控訴人のプライバシーが侵害されたか否かについて検討する。
 控訴人はオウム真理教の信者であるが、信仰の有無や内容は私生活上の事柄であり、控訴人がその信仰を他人に知られることを欲せず、かつ、いまだこれが他人に知られていないものであれば、本件記事によって控訴人が信者であることが他人に知られたことがプライバシーの侵害として不法行為が成立する余地がある。
 しかし、前記事実によると、埼玉縣信用金庫においては平成八年八月の時点で本件建物を信者が占有していることを認識していたし、同年九月に発売された週刊新潮にも本件建物に信者が入居していることが記されており、しかもK記者が取材した近隣住民は本件建物の居住者が信者であることを認識していたことを認定あるいは容易に推認することができるのであって、前記のとおり本件記事に記載されている者が近隣住民に限られるというべきであることからすると、控訴人が信者であることは控訴人の意向いかんにかかわらず既に本件記事の読者となる他人には知られていたということができるから、本件記事についてプライバシーの侵害による不法行為は成立しないというべきである。
 なお、控訴人はオウム真理教は法的には存在せず、本件建物は控訴人の私的空間である旨主張する。しかし、オウム真理教は解散決定によって精算法人となっただけであるし、現実には解散決定前と同様に松本ないしオウム真理教とその教義を信奉する多数の信者らが存在し、これらの信者はそれまでと同様に教団としての活動を続けていること、控訴人もこのような信者の一人であり、本件建物において行われていたのも教団としての活動であったことは前記認定の事実から明らかであり、このような本件建物を単なる控訴人の私的空間であるなどということはできないから、右主張は失当である。

6 以上によると、本件記事は控訴人の名誉を毀損するものであるから不法行為が成立し、被控訴人はこれによる控訴人の精神的苦痛による損害を賠償する責任があることになる。
 そして右不法行為による慰謝料の額は、本件記事掲載の目的に社会の重要な関心事に対する情報の提供、警告の供与という面があることを否定できないこと、本件記事によって控訴人の社会的評価が低下したのは近隣住民という限られた範囲に止まっていることその他前記認定の諸事情を総合考慮すると、三〇万円をもって相当とする。

第五 結論

 よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決は相当でないからこれを取り消し、控訴人の請求は前記三○万円の損害賠償及び不法行為の日である平成八年一二月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。
(平成一二年五月一五日口頭弁論終結)
東京高等裁判所第一七民事部

裁判長裁判官   新村正人
裁判官      笠井勝彦
裁判官      田川直之





戻る