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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


南正康(日本医科大学衛生学公衆衛生学教室)
サリン代謝物質の生物学的モニタリング情報から毒性機序や後遺症などを推定できるであろうか
中毒研究10巻48−58(1997年)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断
3+
+がついているのは、非常に重要なので3にさらに+という意味(笑)

概要


東京サリン事件がおきたとき、日本医科大の病院にも30名の入院患者があった。
そのうち4名が重症患者で、ICUに入院した。
今回はこの4名の患者さんについて述べる。
この4名がどの程度サリンに被爆したかを知るために、カナダの防衛研究所と共同研究を行なった。

サリンは時間とともに加水分解する。さいごにメチルホスホン酸(MPA)とイソプロピルアルコール(IPA)になる。
MPAは、サリン被爆の日の夜中か、次の日の朝、尿中排泄のピークがくる。
ところが、IPAは被爆の直後からピークがあった。
IPAの代謝物のアセトンも、同じように被爆後すぐに尿排泄のピークが出る。

さらに患者からの尿中にエチルアルコール(EtOH)排泄も認められた。
意識障害で問診に答えられなかった1名を除く3名は、この日の朝の飲酒を否定した。

サリン代謝物の分析方法を開発し、この方法で患者の尿中代謝産物濃度を測定した。
サリンが加水分解するとメチルホスホン酸イソプロピル(IMPA)となるが、このIMPAは被爆当日の昼ごろに排泄のピークがあった。
この濃度からサリン被爆量を推定すると、サリン致死量を超える。

フッ素も排泄され、こちらのほうは、ピークが当日だったのが2名、1週間後だったのが2名とわかれる。いずれも2週間にわたって出つづけた。 フッ素の量からサリン被爆量を推定すると、サリン致死量をはるかに超えてしまう。

消防庁関係者が都内の病院に搬送したサリン被爆者は5510人です。そのうち急性の死者は11人です。致命率が低い。
尿中のイソプロピルアルコール(IPA)がサリンのみからくるとすれば、サリンの体内に取り込まれた推定量を多く見積もりすぎてしまいすぎるように思える。致命率が現実には低いから。
では、サリン以外に何が被爆されたのか。
サリン合成では、副生成物として得られるのはジイソプロピルメチルホスホン酸(メチルホスホン酸ジイソプロピル、DIMP)である。
このサリン合成のとき、イソプロピルアルコール(IPA)のかわりに、エチルアルコール(EtOH)を入れれば、エチルサリン(CH3POFOCH2CH3)ができ、ジエチルMPA(DEMP)が生成する。
また、IPAにEtOHがまじっていれば、エチルイソプロピルMPA(EIMP)も生成すると考えられる。

被爆物質の詳細な報告が警察関係者あるいは自衛隊関係者からなされていない。
松本サリン事件のとき、長野県衛生公害研究所のスタッフが池の水のなかに、DIMPを検出している。
東京の場合もDIMP被爆の可能性もあると考えて、人体試料の測定を行なった。

警察関係者の公式発表は、被爆物質はサリン、ジエチルアニリン、n-ヘキサンだけである。この点については、被爆者の超微量毒物への影響を考慮できる環境医学関係者も加えた者との交互の被爆物質の測定が望まれる。

注目点 (三浦執筆)


これは、1996年7月高松市で開かれた第18回日本中毒学会総会シンポジウム「サリン事件の中毒学」で報告されたものである。 科警研の角田紀子も「サリンの分析法」と題する講演を行なっている。

この南の報告は、かなり重要な内容を含んでいる。

もっとも興味深いのがエチルアルコール(エタノール)を検出したことだ。

ここで事件の矛盾がわかる。サリン合成過程では、エタノールが使用されることはない。また、サリンが加水分解する過程でもエタノールは発生しない。エタノールはサリンと反応するので溶剤としても使えない。つまり、サリンとエタノールはなんら関係がない。
そうすると、少なくとも、南ら日本医科大学グループが診察した患者は、サリン以外の物質を(も)被爆している、とはいえる。

さて、これとは別に、1996年に行なわれた国際法科学学会でも、南らのグループは発表している。ここでは、患者の尿のなかから、メチルホスホン酸エチルを検出したことを発表している。
このメチルホスホン酸エチルもサリンとはなんら関係がない。
つまり、エタノール、メチルホスホン酸エチル、と少なくともふたつのサリンとなんら関係ない物質が登場している。
警察の発表では、エタノールやメチルホスホン酸エチルがなぜあったのかを説明することができない。
南正康は、EMPF(エチルサリン。CH3POFOCH2CH3)を被爆したのではないか、と推測する。
エチルサリンが加水分解するとメチルホスホン酸およびエチルエタノールが発生するからだ。
なお、エチルサリンはサリンとは別の毒ガスである。

とにもかくにも、サリンだけがあったのではないことを示唆する重要な報告である。

さて、サリン以外に存在した毒ガスとして別に考えられるのが「タブン」だ。
タブンは体内で加水分解するとエタノールとして出てくるという。
詳しくは、『サリン事件への問題提起』7-2神経ガス「タブン」があった可能性も?をご覧いただきたい。

タブンのことも、本気で調べる必要がありそうだ。




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