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「書籍・論文のサリン資料」の概要紹介&三浦評価


H・クァスト、M・ホイシュマン(ヴュルツブルク大学有機化学研究所)M・O・アブデル-ラーマン(カイロ国立研究センター)
「メチルホスホン酸ジクロリドの製造」
Synthesis(合成)1974年490頁(Thieme)(ドイツ語文献)

重要度
3〜1の3段階で評価/ 数が多いほど重要
重要度は三浦の独断

以下、対訳で論文の内容を紹介
(原文のaウムラウトはae、uウムラウトはue、oウムラウトはoeと表記する)


 In einem Dreihalskolben mit Ruehrer,Tropftrichter
und Rueckflusskuehler mit Blasenzaehler liess
man unterEiskuehlung zu phosphor(V)-chlorid(1.35kg,6.49mol)
Methylphosphonsaeure-dimethylester(360g,2.90mol)
innerhalb von 90 min zutropfen.
撹拌器のある3ツ口フラスコ、滴下ロート(注1)、気泡計数器(注2)付き還流冷却器(注3)、これらがあれば、五塩化リン(1.35kg,6.49mol)の冷却により、90分以内に、メチルホスホン酸ジメチルエステル(360g,2.90mol)の滴が得られる。
 Nach Zugabe etwa der Haelfte liess sich die Mischung ruehren.
半分ほどの工程のところで混合が始まる。

(三浦注:この部分は意味がよくわからなかった。後の文章に「半分ほどの工程で混合が始まる」とあるので、冷却したあと、90分ぐらいかけてゆっくりと五塩化リンにメチルホスホン酸ジメチルを滴下する、と解釈しておく)

(注1)おもに気体発生装置の注液口として用いられるロートの一種。
(注2)気体の流速あるいは反応中に発生した気体の体積を測定する装置。
(注3)垂直または傾斜した位置で蒸気を冷却し、凝縮液を蒸留フラスコへもどすような構造をもつ冷却器の総称。【注の引用】・化学大辞典より

 Die klare Loesung wurde 4 h unter Rueckfluss erhitzt,
wobei nur noch sehr wenig Methylchlorid freigesetzt wurde,
und im Vakuum destilliert.
4時間もすれば、還流器内の反応は明らかに終わる。その際、ほんの少しの塩化メチル(メチルクロリド)だけが遊離し、真空で蒸留する。 (三浦注:遊離したから真空蒸留で取り除いた、と最初理解してしまった。しかし、freigesetzt wurde遊離したあと,undとなっているので、遊離したので塩化メチルを特別に処理する必要はなく、残った部分を蒸留する、という解釈の方がよさそうである)
 Das Destillat wurde ueber eine 1-m-Vigreux-Kolonne
sorgfaeltig im Vakuum fraktioniert.
この蒸留物は1mビグルー管にしたがって真空で綿密に分留される。
(三浦注:ここで蒸留物とは、残った部分を蒸留して、その結果得たものであろう)

 Nach einem Vorlauf von Phosphorylchlorid wurde
reins Methylphosphonsaeure-dichloridCH3P(O)Cl2
erhalten.Ausbeute:282g(73%)
少し経てば、塩化ホスホリル(オキシ塩化リン)から純粋なメチルホスホン酸ジクロリドが得られる。その結果、得られる量は次のとおりである。
282g(73%)。
(三浦注:Vorlaufとは蒸留したあとに残った前留物のことである)

 Auf diese Weise ist Methylphosphonsaeure-dichlorid
leicht in groesseren Mengen und hoher Reinheit
zugaenglich
この方法を使えば、容易に、メチルホスホン酸ジクロリドは大量に、それもより高純度で得ることができる。


以上をまとめると、
五塩化リン1.35kg(6.49mol)と
メチルホスホン酸ジメチル360g(2.90mol)を反応させ、蒸留すると、
メチルホスホン酸ジクロリド282gが得られる。
収率は73%だった。
しかも容易に、大量に、高純度で得ることができる。

反応式は、
CH3P(O)(OCH32+2PCl5
→CH3P(O)Cl2+2POCl3+2CH3Cl

冒陳では塩化メチル(メチルクロリド)CH3Clの記載が抜けていた。
塩化メチルの性質は、無色のエーテル様芳香のある気体。圧縮すれば無色の液体となる(化学大辞典より)。

論文には、従来の方法として次の三種類の方法が紹介され、これらの製造方法をも比較している。 対訳のつづきを示す。

 Dimethyl-methylphosphonat CH3P(O)(OCH32
mit Phosohor(V)-chlorid in Phosphoryl-chlorid(POCl3
als Loesungsmittel destillativ nicht trennbare
Gemische von CH3OP(O)Cl2 und
CH3P(O)OCl2 liefert,
メチルホスホン酸ジメチルを、溶媒・塩化ホスホリル(POCl3)の中で、五塩化リンと反応させ、蒸留すると、CH3OP(O)Cl2とメチルホスホン酸ジクロリドCH3P(O)Cl2の不分離混合物が発生する。
(三浦注:不分離混合物なので、分離が困難ということであろう)

 andereseits die uebliche Hydrolyse von
Dimethyl-methylphosphonat mit konzentrierter Salzsaeire
und die anschliessende Umsetzung der
Methylphosphonsaeure mit Phosphor(V)-chlorid
"somewhat lengthy and troublesome" ist.
一方それ以外では、高濃度塩酸内におけるメチルホスホン酸ジメチルの加水分解、そして、その後メチルホスホン酸を五塩化リンで化合させる反応は、「少しばかり長く厄介」である。

 Abgesehen vom Preis des
Methylphosphonothiosaeure-dichlorids
duerfte jedoch die Reaktion mit Thionylchlorid
bei 150° nicht ohne weiteres im grossen
Massstab durchfuehrbar sein.
メチルホスホンチオ酸ジクロリドCH3P(S)Cl2の価格を度外視するとしても、150°における塩化チオニルとの反応は、より大規模な設備なしには実施不可能である。
(三浦注:大規模な設備が必要だし、価格も高いというのである)



注目点 (三浦執筆)


まず最初に述べておくと、この論文は、サリン第三工程に該当する部分を詳しく記述している。

さて、個人的な経緯を少々述べたい。
検察側冒頭陳述には、オウムはジメチルと五塩化リンと反応させてジクロを合成した、とあった。
ところが、私がよく参照しているTuの「サリンとどうやって特定できるのか」には、メチルホスホン酸ジメチルに三塩化リンと塩素を添加する反応しか書いてない。
めざす文献は、自分で探すしかなかった。
そんなに簡単に探せるわけもなく、日は過ぎていった。
国会図書館で有機リン化合物の辞典(英文)を調べるところまでたどりつくことができた。
そこに載っている文献をコピーした。
コピーした文献のうちの一つがドイツ語で書かれており、反応式を見てみると、該当しているのではないかと見当がついた。
ケミカル・アブストラクツで、対応する文献を見てみると、
触媒なしにメチルホスホン酸ジメチルに五塩化リンを反応させると、73%の収率でメチルホスホン酸ジクロリドが得られる、と書いてある。

だがなんせ、ドイツ語である。読めない。困った。
仕方がないので、しばらくほっておいたが、紆余曲折のすえ、ドイツ語を翻訳してくれる貴重な人が見つかった。

この論文の翻訳によりいくらか理解はすすんだが、まだ理解できない点もある。
検察側冒陳とは、五塩化リンとジメチルを反応させていること、触媒を使用しないという点で矛盾していない、というのにすぎない。
冒陳では、オウムは試作段階で五塩化リンを加熱しており、この文献の記載と違っている。

一事が万事、こういう具合で、化学反応をきちんと押さえるだけでもなんだかやたらと大変なのだが、少なくとも今回一歩前進したと思えば、またもっと調べることができるであろう。




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