戻る

サリン事件にまつわるコラム
コラム執筆:三浦英明


2001年12月26日
サリンは二種類あった−事実と法廷は違う

地下鉄サリン事件で出たものを、警察からとして、トゥ教授(コロラド州立大学)が知らせてくれている。
それによると、サリンがあり、さらにジエチルアニリンのほか、舌をかみそうな名前のものが三つあった。(注1)

トゥと警察とは、かなり深いつながりがあるようだ。
トゥが書いた『化学・生物兵器概論』(じほう。2001年1月)によると、次のようなやりとりがあった。
1994年6月におきた松本サリン事件のあと9月になり、科学警察研究所からトゥへFAXが届いた。
サリンの分解物の毒性データがわからないので、教えてほしい、という問い合わせだった。
きっかけは、彼らは、前からトゥの本やなにかを読んでおり、とくにサリンについてのものをおもしろいと思い、おおいに参考になった、からという。(注2)
トゥはさっそくアメリカ陸軍化学戦防御研究所に知らせ、翌日になって31枚におよぶサリンの検出法についての資料を手に入れた。それをすぐ、彼らにFAXした、という。

トゥは、アメリカ「生物兵器条約準備委員会」のコンサルタントを三年間つとめたことがあり、陸軍からすぐに資料を手に入れることができたのであろう。

トゥと科警研との深いつながりや、いわゆる権威があるとみられている論文集に載ったことからみて、サリンとジエチルアニリン、ほか三つのものが出た、との知らせには、それだけの重みがあると思われる。

ところで、警視庁の科捜研も、同じ論文集に、地下鉄サリン事件から出たものを載せている。
ところが、これが、トゥのものとかなり違っている。
同じなのは、サリンとジエチルアニリンだけで、あとのものは違っているのである。
(注3)

これはどういうことであろうか。
これは、サリンがあったことは間違いないことと、つくり方が違うサリンが少なくとも二つあったことを示している。
サリンが二種類あったということは、オウムがまいたものと別のサリンをまいた人たちがいることをもの語っている。
なお、オウムが二つのサリンをつくったとの情報はない。

ずっとおかしい、おかしい、と思っていたことが、ようやく論文のなかに発見できたのは、うれしいかぎりである。
前に書いた、サリンとは違う神経ガスもまかれていた、との情報と重なって、いよいよもって地下鉄サリン事件は不可解なことになってきた。



注1:トゥがあげているのは、
サリン35%、ジイソプロピルホスホノフルオリデート、トリイソプロピルホスホリック・アシッド、ジイソプロピルホスホニック・アシッド、ジエチルアニリンである。出典は、ACS Symposium Series 2000年 745号304-317頁(American Chemical Society)。

注2:「現代化学」(東京化学同人1994年9月号)
  Anthony T. Tu『猛毒「サリン」とその類似体―神経ガスの構造と毒性―』のこと。

注3:警視庁科捜研が検出したのは、
  サリン35%、ジエチルアニリン、ヘキサン、メチルホスホネート・フルオリド、メチルホスホン酸ジイソプロピル、ジイソプロピル・フリオロ・ホスホネートだった。
出典は、ACS Symposium Series 2000年745号333-355頁(American Chemical Society)。





2001年8月31日
マインドコントロール

先日
サリン事件への問題提起
を高く評価してくれている山下さんの
山下の個人ホームページ
をながめていたら
ロバート・J・リフトン教授オウムを語る
というコーナーがあった。
仏教専門誌Tricycleに掲載されたリフトン氏へのインタビュー記事の翻訳だそうだ。 おもしろそうだったので、読んでいくと、興味深いことばに出くわした。

それは、麻原彰晃が、法廷で、裁判官に対し
「自分の頭に放射線を送っている」
と非難している、というくだりである。

気になったので、さらにリフトン教授執筆の
「終末と救済の幻想 オウム真理教とは何か」
をひもといてみた。
その181ページに、麻原が裁判官に言ったことばが、次のように書いてある。

「目の見えない私に、幻覚を見せているんだ。私を精神病にしようと、超音波を出しながら」

この件とは別に、遠隔地から「電磁波」を使ってマインドコントロールする方法がある、とわたしは聞いたことがある。
(もっとも、リフトンは、このような言動に対して、麻原が精神病患者のように振舞っている、ないしほんとうに精神病をわずらっている、とみている)。
ほんとうはどうなのだろうか。





2000年8月18日
消えた「アセトニトリル検出」

麻生幾がかつて書いた
『極秘捜査』(19997年1月30日第一刷/文芸春秋社)
が、このほど文庫となった。

『極秘捜査』は、地下鉄サリン事件での警察捜査の内情を、ことこまかに記したノンフィクションである。麻生は以前から警察関係のノンフィクションをたびたび書いている。警察への独自の取材ルートをもっているようで、今回もおそらく警察関係者に直接取材したのだろう。これはたしかに警察内部の者しか知りえないだろうと思われる情報もでている。

しかし、文庫化にあたって、大切なところが書きかえられていたのである。

以前の本では、一番最初に検出された化学物質は「アセトニトリル」だった、となっている。
ところが、あたらしい文庫のほうでは、一番最初に検出された化学物質は「ジエチルアニリン」と書きかえられている。

さらに、以前の本で記していたアセトニトリル検出はまちがいだった、とされているのである。だとすると、どうしてまちがったのか理由を知りたいものだが、理由についてはまるで触れていないのがふしぎである。
理由にはふれぬまま、麻生は、
「『誤報』がほんとうのこととしてひとり歩きをする」
と「間違い」であることを強調する。

しかし、しかしである。
麻生が言うように、本当に「アセトニトリル」の件はまちがいだったのだろうか。
東京消防庁は、事件直後に独自の現場調査により、やはり
「アセトニトリル検出」
と発表している。
つまり事件直後は、警察・東京消防庁の二つの機関がそれぞれ独自に事件現場から「アセトニトリル」を検出したといっていたのだ。こういうことから、実際問題アセトニトリルを検出したんだろうと考えるのが、本来は自然だ。そこへ麻生が生々しく「アセトニトリル」検出のドキュメントを『極秘捜査』初版本へ書いたものだから、ますます真実味はます。

さてさて、その後麻生は警察発表のみならず、東京消防庁のアセトニトリル検出まで理由不明で否定してしまう。そして、またまた「誤報」と決めつけている。やっぱり根拠は全然不明だ。

こういう必死に話を変えようとするところを見ると、間違いだったというより、むしろ話してはいけない真実をボロッと話してしまい、あとで必死でそれを隠蔽しようとしているように見えてしかたがないのだが。

なお、アセトニトリル検出が真実であった場合、アセトニトリルが存在する意味合いについては、わたし個人はまだきちんと調べていない。人によっては、サリンとはまた別の毒ガスが加水分解した際に発生する化学物質がアセトニトリルなのだと指摘する人もいる。サリンを持ち運びやすくするために薄める溶剤だったんだと指摘する報道もある。この辺、いずれ調べてみたい。





2000年7月8日
サリン毒性レベルについての疑問

○中川智正証言

この前、麻原公判が開かれ、そのときに中川智正が証人として出たという。いま見ているのは朝日新聞である。
さいきんオウム裁判はあまりはやらないとみえて、これまでのようにひんぱんに記事にはなることは少なくなっているが、これは目をひいた。

○オウムのサリンは毒性が低かった

前からくりかえしているのは、一般にいわれているサリンと比べて、オウムがつくったサリンは毒性が低く、殺す力にはかなり疑いをいだいていた、というものである。
理由もあげている。

1、つくる現場では、かなりいいかげんな管理をしていたのに、体調が悪くなるぐらいで、治療するところまではいかなかった。
2、創価学会の人たちに追いかけられながら、サリンをまいたが、その人たちはなんともならなかった。
3、重症になったのは、けっしてサリンだけのせいではなく、くすりの量をまちがって多く与えすぎたため。
4、オウムが3回にわたってサリンをつくったが、その量がだんだん増えたのは、その効果が弱かったため。

1と2は、池田をおそった1回目(試作はのぞく)に合成したサリンである。
このとき村井は、ほんとうにできているのか、と疑いをもったという。
3は、池田をおそった2回目に合成したときのものである。
前よりは効き目があったのは確かなようだ。
ただ、このときもたいしたことはなく、被害を受けた新實は1週間でなおってしまった。
サリンの予防薬として使われたくすりは、ほんとうは毒性をつよめるはたらきをもつことが報告されており、中川の言いぶんを裏づけている。
4については、量がだんだん増えていったのはこういうことだったのか、とうなづける気がしないではない。
3回目に合成されたものによって、滝本弁護士がおそわれ、松本でも使われた。

○松本で使われたサリンは純度が高かった

松本でまかれたサリンは、きわめて純度が高かった、と言われている。
そう言うのは、生物化学兵器の専門家であるオルソンだ。
オルソンはなぜ、サリンの純度が高かった、とみたのか。
すべての患者において、コリンエステラーゼ(呼吸をつかさどる肺をうごかしている筋肉があり、これは、脳から神経をとおして命令がくることでうごく。それがスムースにいくためになくてはならない酵素)の数値がかなり下がっていたこと、をあげている。

オルソンが現場をおとずれて得た考えと、中川の言いぶんがまっこうからくい違っている。
中川の言いぶんはほんとうなのだろうか。

○滝本サリン事件に使われたサリンはそれほど純度は高くなかった

松本で使われたサリンと同じものが、滝本事件でも使われているので、こちらのほうをみてみよう。
本人には申しわけないが、ずばり言って、たいした被害は出ていない。
もちろん松本と比べてである。
これは量が少なかったことと、フロントガラスにかけられただけだからかもしれない。
では、まいたほうの女の人はどうだったろうか。
べつの公判のなかで、かけると、白いけむりがたち、つよい刺激のあるにおいがした、という。さらに、目のまえが暗くなり、気分がわるくなった、ともいっている。ただ、それ以上ぐあいが悪くなったとは、いってない。
このように、松本とはたしかに違いがありそうだ。
そうすると、中川の言いぶんはそれなりに通るかな、という感じがする。

オウムでつくられたサリンは、つくられてから松本でまかれたのは、まちがいなさそうである。
(この、つくられてから、というのが大切である)。
でも池田を襲い、滝本をおそったサリンとはちがいがありすぎる。
これをどう説明したらいいのか。


【参考】
・朝日新聞2000年6月24日朝刊37面
・朝日新聞2000年6月29日朝刊31面
・カイル・オルソン「松本サリンは、テロリストの犯行だ。」マルコポーロ1995年2月号 156〜163頁(文藝春秋)
・「麻原第154回公判元信者証言」毎日新聞2000年4月24日朝刊6面




戻る